第163話 ボノボ、愛の動物。その3
咲子の告白は続く。
「わたしはかつて、愛宕恵一くんと学び舎を一緒にしたい一心でミスカトニック高等学校にアーチェリー特待生で入学した。そして、彼が入学するのを待たず、忌々しい事故に遭った。聞いたことはあるか、イゴーロナクの情人という怪異を。魔導書、グラーキの黙示録における十二巻にその一文はある。要約すれば、かの下級の奉仕種族となり果てた人間は、生きながらにして死んでいて、死も良心も呵責もなく、快楽と苦痛のみが支配する世界の虜となってしまうという。不死と享楽と、堕落。そんな強烈な『モノ』が、ある日、ミスカトニック高等学校に、転入してきたのだった」
ここから先はさらにかみ砕いて、端的に記そうと思う。
その転入生は、暴力的なほど美しい少年だったという。まあ、真顔になった南條公平とは比べるべくもなかろうが、ともかく凄い『綺麗な子』だったらしい。
全身から迸るような色香、催淫性の性的魅力を湛えた彼は、咲子にとっては最悪の相性だった。まず、同じクラスという不運に続き、男とも女ともとれる不可思議な魅力――咲子のストライクゾーンに、一瞬にして囚われてしまったのだった。
気がつけば、咲子は桐生の病院で集中治療を受けていた。
「わたしは危うくイゴーロナクの情人にと堕落させられかけた。あの呪われし邪物はまずわたしに目をつけたのだ。胸糞悪いが、肢体が好みだったとのこと。学園への転入に関して、担当となった職員を堕落させ、騙し、潜り込んだらしかった。イゴーロナクが何を目的に下僕を潜入させたのかは知る由もない。ただ、とばっちりで一時期わたしのSAN値は廃人すれすれにまでなっていた。肉体の傷はお前に治癒をかけて貰えばあっという間に治る。だが、精神はそう簡単ではない。そうしてわたしは悟った。お前という支えがないとダメだと。わたしを姉と呼んでくれる、愛しい、わが妹が。わたしはお前に再び会うためだけに、精神強度を回復させ、今、ここにいる」
これはこれで凄まじい愛の告白とも受け取れよう。
ただ、それでも、史上稀なほどの男の娘、愛宕恵一くんラブは変わらない、と。
口には出さないがちょっと意地悪な気持ちで心に添えておく。
「恵一くんは大丈夫なの? あの子も強烈。女でも見るだけで心が勃起しちゃう」
やっぱり言ってしまおう。否。言わずにはいられなかった、が正解か。
「彼は、大丈夫だ。放射される魅力に死を伴う堕落はない。ただただ、美しい。それだけだ。そしてお前は意地悪だ。わたしの、告白を、そんなふうに言われると」
「ごめん。だって大好きなお姉ちゃんを誰かに取られるのは、嫌だったから」
「ふふ。嫉妬してくれるのだな。ならば、良し」
咲子は、わたしのカッターシャツのボタンを片手で外して、その胸を直に触れてくる。するする、さわさわ、つつつ、と指でくすぐらせてくるのだった。
「ふ、二人とも。ちょっと、先走り過ぎ、なんじゃ、ないかな……っ」
言いながらもわたしは抵抗しない。されるがまま電流のような刺激に甘んじる。
たぶんわたしは、無意識に自身への危機感を募らせ、誰かに触れられることで解消したいと思っているのではないかと思う。いわんや、吊り橋効果のようなモノだ。
明日、この二人は、きっと助かるだろう。
わたしは、きっと助からない。
人はわが身に危険を覚えると、子孫を残すため積極的に交接を求めるようになると聞く。それは本能の定めるところだった。理性に則さない、原初の在り方である。
しかしここには男はいない。雄の狼は、いるけれども。
繰り返し、しつこく断言するに、わたしは男も女も愛せる自信がある。
これをバイセクシャルというなら、その通りだろう。
そして、増して、美少女は大好物だ。美少年も好物だが美少女には勝てない。
この美少女たち二人に初めてを捧げるのは、自分として満足のいく結果となろう。
「ねえ、ミコト。ねえ、サキ姉ちゃん。わたしはね、本当を言うと、明日が怖いの」
「何か良策があると、ミコトから聞いてはいるが」
「うん、策はあるよ。とびっきりのがね」
「タマちゃん、今、ここで教えてほしいの……」
「ごめんミコト、まだ教えられない。わたしの覚悟が定まっていないから」
「危険な策、なのだな?」
「そうかもしれない。でも確実に助かる。前提条件そのものを根底から覆せるから」
――だから。わたしを、せめてあなたたちの中にいたと、残させて。
口に出せない想いを胸の奥に沈め、二人に順に、舌を絡めて濃密にキスをした。
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