第96話 あっさりにして濃厚なウサギ鍋。ところによりアマゴの串焼き その2

「あの、その、あのね……」


 なぜか美琴は恥ずかしそうにしていた。考えてみれば名付けとは自分の思惑や願望、その他様々な欲求めいた思念が凝り固まって出来上がる性質を持っていた。


「ああ、うん。言いにくいなら言わなくてもいいよ」

「そ、そんなことないよ……」


 美琴は首を横に振った。どうやら教えてくれるらしい。


「レーベくんたちは去勢されているし、男の子にして女の子になっちゃって、ある意味ではこれも男の娘に区分しても良いよねと思ったの……。それで何か似合う名前がないかなって色々と探して……そうしたら、海外の船って女性名をつける慣習があるのを知って、でも、稀に凄い功績のあった人の名前もつけたりもするので、それなら例外的に男性名がついた、できれば強そうな名前の船があればいいなって……」


「うん? いや、着眼点としてはそれはそれでか。まあ気にしないでおこう。でも言われてみればレーベレヒト・マースって軍人の名前だっけ。なるほど、なるほど」


 美琴が使役するイヌガミは三体だ。


 白フェレットのレーベレヒト・マース。茶フェレットのゲオルク・ティーレ。タヌキ顔フェレットのマックス・シュルツ。このうちの一体がわたしに憑いてもいる。


 共に一九三四年に計画されたドイツ国防軍海軍のZ1型駆逐艦の名称だった。どうしてそんなところからと思ってはいたが、今しがたの美琴の回答で納得がいった。


「んー、美琴のアイデアをちょっとだけ借りちゃっていい?」

「うん。もちろんいいよ……」

「じゃあ、その線で考えてみようかなー」


 頭の中の雑学ページをぺらりぺらりとめくる。わたしの脳みその大半は、知っていても学業にはほとんど意味のないトリビアルな知識で占められている。


 そして、うん、と頷いた。


「たしか第二次大戦中に造られようとしたZ型駆逐艦って四六が最終だっけ?」


「何やら妙ちくりんに考え出したな。一度、頭の中を覗いてみたいものだ」

「うう。タマちゃんに限って、否定できないところが……」


「二人とも地味に酷い。まあ、それよりさ。ニホンオオカミって観測世界では絶滅種指定されているよね。で、Z型駆逐艦って戦時中に建造されたのは四六型までで、しかも完成する前にナチスドイツは敗戦したので日の目を見ずに解体されたとか」


 わたしは興味深そうにこちらを見上げる狼の頭を優しく撫でてやる。


「いたのに絶滅した。いたけれどなかったことにされた、か。ううむ。四と六で、フィーアとゼクス。よし、今からお前はフィーゼくんだ。どう思う二人とも?」


 結構な自信をもって美琴と咲子を見回した。が、あまり反応がよろしくない。


「あれぇー、不評っぽい?」


「水を差すようだが、明らかに日本原産の動物にドイツ系の名は合わないと思う」

「え、じゃあミコトのフェレットたちのネーミングは?」


「この子たちの祖先は、アフリカからやって来たと言われているけれど詳細は不明なの……。三千年ほど前からすでにヨーロッパ全域で飼われていたらしいし……」


「あー。原産地域がわかんないから、そう言うネーミングもアリということかぁ」


「いたのにいなくなったを近似で考えるなら、大和型を改装した空母信濃はどうだ」

「それは旧日帝海軍がなかったことにしたい艦船じゃん。十日で沈んだし」


「装甲空母の大鳳なんて、どうかな……?」

「自分の屁で沈んだ船はちょっと。しかもそいつも三か月と短命だったじゃんー」


「いっそ艦船系から離れて航空機はどうだ。試作機の四機だけで終わった震電とか」

「む、いいねそれ。作ったのはいいけど日の目を見なかった高高度迎撃機か」


「普段の愛称はシンちゃんだねぇ……」

「クレヨンか! でも気に入った。じゃあ、お前は今から――」


「シンちゃんだな」

「シンちゃんだねぇ……」


「……いや、震電だってば。シンちゃんもいいけど、この子の本名は震電だから」


 どうにも締まらないが、新しい家族の名前は、そういうことになった。


 わたしの飼い狼となった幼獣くん。

 命名、震電。


 うむ、格好良い。……シンちゃんじゃないからね。







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