第57話 寝床の作成。愛の巣の作成? その9

「言われてみれば、この可能性世界では絶滅していない場合も大いにあり得るな」


 主語が飛んでいるので追記すると、ニホンオオカミがである。


「元いた観測世界からすれば二十世紀の初めに確認したのが最後とか」

「うむ、そうだ。この大和の地にその一匹がいたらしい。現、東吉野村だな」


 拠点にしているこの神木は、獣が嫌うある種の臭気を発しているという。なのでここに害獣がやってくる可能性は低いと考えてもいいだろう。


 しかし狼である。犬――わんこではないのだ。

 危ないとわかっていてもがぜん興味が湧いてくる。絶滅種とくればなおさら。


「やっぱり群れを作っているのかな……?」

「犬の類は集団生活するから、たぶんね。うーん、狼なら一匹くらい連れ去ってしまいたい気持ちもあるね。だめなら狩って、喰う。オオカミ鍋にして喰う」

「た、食べちゃうんだ……」


 女子高生に怖いものはない。共学の温室育ちなおぜう様とは鍛え方が違うのだ。


 その後咲子が削り出したイチイの木で作った弓は、美琴のイヌガミ能力を使ったメイド・イン・ヘヴン的な乾燥時の加速とわたしが丹念に編み直した弦を張って、一先ず完成した。矢は竹をナタで割って周りをナイフで削り、火で炙って整えたものを使う。


「サキ姉ちゃん。この矢の、ノック部分につけてる紐って意味あるの?」


 竹の矢の、尻の部分ノックに十五センチほどの糸を括りつけて垂らしてあるのだった。正直、わけがかわらない。ショーツからはみ出たタンポンの糸みたいだ。


「ああ、そいつは矢羽フレッチの代用だ。一見するとしょぼったいが、意外と有効なのだぞ」

「そうなんだ?」

「うむ。とはいえあくまで代用品に過ぎん。鳥の羽が手に入れば良いのだが……」


 余談になるが、海外では合法でも現日本では、弓矢を用いた狩りは禁止されている。破れば銃刀法違反と鳥獣保護法違反のダブルパンチとなる。


 理由としては――、


 まず狩猟に関する法律の参考にした英国が、弓矢の使用を禁じたのが一つ。

 さらに弓は銃に比べると威力が低く、取り逃がす可能性が高いことも挙げられる。


 半端な傷だけを負わせてしまうのは残酷な話で、狩るならきちんと仕留めなければならないのだった。殺すと決めたときには、すでに終わってなければならない。


 さてさてわれらが女ロビンフッドの咲子はというと――。


「やはり、ちと強めに弦を張るよう設定しなおそう。ふふ。滾るぞ。勃起ものだ」


 変なスイッチが入ったようだった。

 勃起といってもわたしたちにはそのような器官は当然ながらない。乳首なら刺激すれば立つだろうけれど。おそらく心が沸き立っているのだろう。


 弓と矢を作り上げ、わたしはふうと息をついた。

 腕時計を見る。

 時刻は二十一時を指していた。


 本来ならまだまだ活動時間の真っただ中にある。しかし妙に眠いのだった。


「いや、当然かな。拠点の作成、飲み水の確保、火の確保、食料調達の準備。十分動いた。自衛隊の訓練でもあるまいに、こんなの普通ならやる仕事じゃないものね」


 独りごちる。声に反応した美琴がこちらを向いた。彼女の目はもはや役に立ってはいない。とはいえ、ついこの間まで視力があったのだ。今は三体のイヌガミが視力の代わりを担っている。……おそらく一体はわたしに憑いているのだろうけれど。


 わたしは微笑んで美琴の傍へ寄った。そっと横から肩を抱いてくっついた。いつもと逆の展開である。彼女は、傍目からも見て分かるほど頬を赤らめて俯いた。


「ガムを噛んで、うがいをして、もう今日は寝よう。ミコトは、わたしと寝たい?」

「い、いいの……?」


「ベッドは一つだけだから、三人で川の字になるけどね。知ってるよね、わたし、縫いぐるみを抱かないと寝つきが悪いってコト。サメのぬいぐるみのガブ太郎に抱きついて寝るのよね。この歳でまだ縫いぐるみとか、ちょっとアレだけど、うふふ」


「女の子らしくて、とても可愛いと思うよ……?」

「ミコトにはわたしに抱かれちゃっても平気な女の子かなー」


「う、うん。タマちゃんに抱かれたいの。ぴったりくっついて、抱いて、ほしい」


 いつもの消え入るような喋りではなく、美琴は活舌よく返事をした。


 念のために断っておこう。これは性行為のお誘いではないと。

 むしろ逆。

 これはわが身を守る防御策である。


 いつか美琴とセックスするのは想定済みである。しかし、今ではない。

 吊り橋効果でヤリたくなるのは生物としての本能。だが女同士では生殖への意味が伴わない。それでも、どうせのなら、もっと安全性を確保してからにしたい。


 なのでこうやって先手を打って線引きしておけば、抱き合って眠る以上の行為には至らないと踏んでの言動なのだった。

 もちろんキスくらいは許容しよう。イヌガミの弊害で高ぶってしまい、頭のねじが飛んでペッティングしてしまうのも仕方のない代償と思おう。

 しかし最後まで致して百合の花を散らすのは、今でなくても良い。


「ではタマキが真ん中でいいか。わたしと美琴は左右どちらかにしよう」

「ウホッ、いい女たち。両手に花ってやつ?」


「わたしもお前に抱きついてやろう。最近は抱き枕がないと妙に寝つきが悪くてな」

「枕の代わりかよっ」

「どっち向きで寝ようかな。胸に抱かれる、後ろから抱かれる。うふふ……」


 自分のこれまでの言動を棚に置いて思わずツッコミを入れてしまった。


 かたや縫いぐるみ。かたや抱き枕の代わりである。

 どちらも大概なのは言うまでもないだろう。


 そうして寝る準備をした三人は、異様に密着した川の字となって、就寝した。





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