第58話 インターミッション その1

 わたしたち三人の通う女子高等学校――。

 私立桐生学園、ミスカトニック女子大学付属女子高等学校の出資元は、桐生グループという国内だけでも百万人の従業員を抱える超巨大企業体だった。


 大元になる会社は製薬業で、これを中核に医療、化学、食品、精密機器、電気、ガス、銀行、証券、保険、情報、人材、物流、不動産、軍需関係まで扱っている。


 これらはすべて、祖となる製薬業を円滑にするための関連企業であった。

 そして、この内の人材に当たるものの一つが学校経営となる。私立桐生学園は、桐生の、桐生による、桐生のための人材育成機関なのだ。


 メインとなるのはやはり難関校のほうのミスカトニック大学、および、その付属高等学校である。ここに入学して大学まで進学し、主に理系学部にて成績優秀で卒業できれば桐生製薬株式会社の、その本社に入社できるのだった。


 学歴フィルターを隠しもしない、他校なら旧帝大でしかも首席級でもない限り、書類選考の時点で省かれてしまうという無茶振りがまかり通っている。


 一方、ミスカトニック女子大学とその付属女子高等学校は偏差値的には平凡な学び舎であり、しかし大学へ進学できれば――というよりよほどのおバカでもない限りエスカレーター式に繰り上がってやがて卒業となっていた。


 そしてメインの就職ではあるが、そもそも大学などは就職のためのツールに過ぎないのは周知の事実であり、当女子大は、卒業後は桐生の関連企業にノンキャリアとはいえ入社できる可能性が他校出身者よりも高く、学園そのものにも人気があった。


 長々と話が逸れてしまっている。しかし今しばらくお付き合い願おうと思う。


 現時点まででご理解いただけたのは、桐生は如何に優秀な人材を求めていて如何に手に入れるかの話だった。


 ではその桐生の一族もさぞや優秀だろうと思えば、実はそうでもなかった。所詮は人間、基本的には頭は切れるのだろうが、下種もいればド変態もいた。


 ここで、とある事件を語りたい。

 先に断りを。次に書く役柄はわかりやすさ優先の、モノの例えであると。


 ヒロインの姫様役は白露美琴。わたしこと時雨環は結果的に英雄役に。村雨咲子は介添人に。悪い魔法使いの役が、桐生和弥きりうかずや。臨時の、音楽教師の男だった。


 あれは昨年の十月だった。

 音楽教師で副担任の夕立多良子ゆうだちたよこ先生――もしかしたら苗字でお気づきの方もいるかもしれないがあえて書くに、この人もイヌガミ筋傍系の一族なのだが、お産のため故郷の長崎は佐世保へ一時帰郷することになったのだった。

 なんでも旦那さんは半年前から海外へ赴任中だそうで、ならばいっそ実家でお産してしまえとなったそうな。


 代わりにやってきたのが、臨時教師の桐生和弥だった。


 ここで間違いなく確認しておきたい項目が出てきたので念のため。


 かの一族の桐生という苗字、これを『きりゅう』と読んだ人は、たとえ運良く桐生関連企業に入社できたとしても決して出世できないジンクスに苛む羽目となろう。


 正しくは、かの一族は『きりう』なのだった。

 人の名を間違えるのは社会人ならなおさら非常識で、当然ながら雇い主の一族にそのような失態はご法度なのは言うまでもない。


 そうして問題の桐生和弥である。

 この男、歳は二十六と昨年一年生だったわたしの十年上の青年だった。

 細面の柔らかな顔立ち、すらりとした体つき、穏やかで優しげな声と(表向きの)性格、何よりかの一族の身内という玉の輿垂涎のサラブレッドである。


 だがわたしはこいつの内面を断じる。このボケは、心の鬱屈した、変質者だと。





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