第60話 インターミッション その3

 タイミングが悪すぎたのだ。否、チャンスを見計られていたというべきか。


 繰り返すがAPP十五とは、十万人に一人の美形なのだった。

 なればこそ可愛らしい女の子を見つめるのは、男としても、拡大解釈すれば生殖を伴う生物的観点からも自然な行為であり、致し方ないことなのかもしれない。


 しかし美琴を守護する任に当たる――否、そんな凝り固まった役目を理由にするのではなく、もっと単純に大切な友のために、わたしはその後の可能性までちゃんと推理すべきだった。慢心、油断、侮り。この事件はわたしの落ち度でもあった。


 十一月の初旬。ミスカトニック女子高で行なわれる、三日間の文化祭の最終日。


 一日目と二日目は一般公開されないため、招待客に友人知人、親族縁者などを呼べるのはこの日だけなのだった。最終日、三日目。ある種の必然として級友たちは普段接することの少ない男子諸兄を、いずれ狩るラブハントするかもしれない相手として獣染みた視線で物色したり、家族や縁者への接待などで持ち切りになっていた。


 女子高で育った野生の乙女たちにとって、男子など、狩りの対象に過ぎない。


 ここまで書けば、お察しの通り。はい、その通りでございます。

 桐生和弥にかかる包囲網が途切れてしまったのだ。


 自己擁護や弁明をするつもりはない。桐生和弥にとっては、関心のない有象無象の女の子たちに常に囲まれるのは、苦痛以外の何物でもなかったはずだった。


 彼の性愛嗜好に沿った飛び抜けて愛らしい少女に、教師としての常識的範囲内ですら接近することが叶わぬもどかしさときたら、どうだ。生殺し以前の問題だろう。


 演奏家の夢に挫折、さればと作曲家にも指揮者にもなれず、臨時の音楽教師に甘んじる。桐生というネームバリューを背負う矜持と重責、思うさまま行かぬ人生。


 わたしのような十七歳の小娘が言うのもおかしな話だが、それでも、たかが二十代半ばの青年には欲求不満が溜まり過ぎたかもしれない。まるで捩じれたまま無理に押さえつけたバネ細工のように、いつ暴発するかわからない危うさを孕んでいる。


 クラスメイトの包囲網の解けた、誰の邪魔も入らない一瞬。彼の望んだ瞬間。


 桐生和弥は即時行動に移した。

 文化祭は、そもそも、祭りとは『ハレの日』だった。


 共学校ならこの浮ついた独特の空気を利用して男子が女子に、または女子が男子に思慕の告白をしたりと甘酸っぱい爆発すべきイベントも起こりかねない魔の日。


 折り悪くわたしはこのとき――、

 クラスの出し物の大判焼きの焼成担当にてんてこまいだった。


 姫路に本社を持つ、大判焼きを実演販売する和菓子会社に勤める親類から特別に手ほどきを受け、採算度返しの三個で百円の吶喊販売していたのだ。これが大受けに受けて、五分少しで三十個を焼成するにしても客の列を捌けないほどだった。


 余談になるが、かの和菓子会社ならわたしは少なくともDからSまであるランクの内、Bランクは確実に取れるはずだった。女子は焼成業務を担当せず、レジ前にて販売業務のみという規則を無視すれば、だけれども。


 ときに咲子はわれらがレトロゲーム研究部の部長として、ゲーム&ウォッチ、アルカディア、カセットビジョン、ぴゅう太、アタリ2600、5200、7800、オデッセイ、チャンネルFなど、骨とう品のゲームハードと各種ソフトを引っ張り出しての展示、説明つきのゲームプレイ、その他もろもろの責任者に当たっていた。


 女子高でこんな地味な出店ではよほどの物好きでもない限り客は来ないと予想の通り、閑古鳥が鳴く状態だった。とはいえ黎明期のゲームハードやソフトはその手のマニアの間では結構な価格で取引されるため、これを商売と考えれば展示物で遊ばせてあわよくばソフトの一本でも売りつけようという魂胆でやっていた。


 そうして美琴について。彼女はクラス出店の大判焼き販売における、その他大勢の中の売り子の一人として商品の手渡しを担当していた。


 クラス一番の愛らしい少女が、奥ゆかしくも客に商品を手渡す。

 これはまごうなき正しい萌えの流れである。


 レジ係は別にいるので、ありがとうございましたと謝辞を述べて商品を手渡すだけの簡単なお仕事。美琴にとってはこの接客ですら大変そうだったが、それでも頑張っていた点については大いに評価すべきだろう。たとえ身内の手前味噌だとしても。





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