第4話 百巡目のデッドエンド その3

 最悪である。考えられるもっとも最悪。


 あまつさえ、もう一人の親友の咲子は――、

 昨日の東の橿原方面への探索中に大怪我をして、一命は取り止めはしたが失われた血液は取り戻せないために、今も拠点にしている洞穴で横になっていた。


 ところで。

 特定の環境による虫の大量発生、日本では北海道や千葉で発生した記録があった。


 それはバッタの群体。


 この虫害現象は、バッタの漢字表記そのままに、飛蝗ひこうと呼んだ。


 旧約聖書という幻想系小説ファンタジーノベルでは、シナイ山の地霊バンパイアが古代エジプト王国を呪い、壊滅的な蝗害を起こした旨が書かれている。

 その現象はやがて悪魔と同一視され、アバドーンと呼んだ。


 とまれ、あわや美琴がバッタの群体に巻き込まれるさ中、わたしと咲子は身を挺して彼女を守ったのだった。


 何があっても、どんな手段を使っても、守護するべし。


 半端ない『量』のバッタの大群。数ではない、あれは量だった。

 もはや、津波と表現しても遜色のない、恐るべき密度で。

 くどいが、徐々にバッタが増えるのではない。

 本当に塊で、転がるように、わたしたちに向けて、突っ込んできた。

 ギチギチ、ミチミチと、異様な音を立てて。


 確かに、美琴の身は、護れた。 

 代償に咲子は、半身を飛蝗に一瞬とはいえ、呑まれてしまったが……。


「――あら、あら」 


 レンは小首をかしげた。そして、にこっと、笑みを浮かべた。


 それは、ひと言で表すなら――歪み。


 彼女の研ぎ澄まされた顔立ちに生じた、九月初旬の残暑ですら凍結するその変貌は。まるで、獲物を見定めた捕食者のようだった。


「わたしとしては、無様に見えても必死に生にしがみつく方が好みなんだけれど」


 一歩、レンは足を踏み出した。併せてわたしは一歩、下がった。


 清廉でありつつも嘲笑を浮かべるレンを前に、思わず、唾を飲み込もうとした。

 だが、口の中はカラカラに乾いていた。

 代わりに脂汗がどっと額から顎へと伝って落ちた。


 この女は、先ほど何を通告してきたか。そう、わたしに、制裁、と。


 レンは右腕をふっと横にスライドさせた。

 そして、何かを鋭く刺して、引き抜くような動きを見せた。


「村雨咲子の制裁は完了したわ」


 わたしは目を見張った。

 レンの右手の先が、突如、鮮血に染まったからだ。


「次は、あなた」


 血に濡れた手を、レンは事も無げに下に払った。

 さらに、一歩、前に踏み出てくる。


 わたしは、くびすを返し、取りつく島もないくらい無様に駆け出した。


 わたしは、逃げ出していた。





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