第5話 百巡目のデッドエンド その4
なるべく木々に背を守らせるようにして、懸命に駆ける。
途中、転びそうになって、畜生のように四つん這いになってさえ駆けて、口から泡を吐きつつもさらに駆け、一心不乱に駆け抜けようとした。
下半身が生暖かく気持ち悪い。
一瞬、レンの攻撃に晒されたかと思うも、そうではなかった。
わたしは失禁していた。十七歳にもなって、幼児のように、小水で股を。
榛名レン。あれは恐ろしい。人の姿をした恐怖そのもの。あるいは混沌か。
何をどうしたのか、おおよその見当はつく。
わたしもあれと同じ一族だから。だが、あれは規格外すぎた。
咲子は確かに、今、殺された。
胸か首元か、わからないが急所を一突きだろう。
そもそもわが一族の血統は――いや、来歴など語っている場合ではない。
あの女について、とにもかくにも、結論だけ言う。
その気になれば、あれは――、
この大和の地にいながら地球の裏側の、たとえばブラジル辺りの大地に自らの拳を突き立てられる、そういうでたらめな存在だった。
つまり、逃げても無駄。
距離など、あれにとっては無きに等しかった。
それでも僅かな希望を掴むべく『被害を逸らす』の魔術を自分に仕込んでおく。
息苦しい。
こう見えてわたしは宗家から実力を認められ、センスの欠片もない、黒歴史に近い字名を頂く身分なのだった。
曰く、
『佐世保の時雨』
『不敗にして腐敗の姫君』
『
などと。
それが、このザマ。尻尾を撒いて逃げている。
恥も外聞もなく、恐怖に駆られて。小水を漏らしながら、必死に。
断続的に揺れる地震に耐えつつ、林の中をひたすら駆ける。
徒労とわかっていても、身体が、意思が、諦めを拒んでいる。
気に入っていたこげ茶色のローファーの片方が、駆けるうちにどこかへ脱げた。呼吸するたび、喉が、絞めつけられた。
わたしは首に結わえつけた紐タイを乱暴に引き抜いて捨てた。
それはわたしが通う高校の、二年生を表す青のタイだった。夏休み前に美琴に懇願されて彼女のものと交換したものでもあった。
同一品を取り替えるなど何か意味があるのか疑問だが、わたしは捨てる行為に対し、ごめん美琴、と自然と呟いていた。それでも足だけは止めない。
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