ハナの過去

 酒も適度に回り、柊吾たちはしばらく話し込んだ。

 ハナは頬を赤くしているものの酒には強いようだ。それは柊吾も同様だが、普段よりは饒舌になり話が弾んだ。メイは少しずつスープを口に運びつつ、デュラは微動だにせず、静かに二人の会話に聞き入っている。


「ところで、そちらのメイちゃんとデュラくんは一体何者なの?」


「えっ?」


 柊吾はハナの問いにドキッとした。デュラは顔を向けるだけだが、メイは肩をビクっと震わせる。ただ、ハナは純粋な好奇心で聞いているだけのようだ。柊吾は酔っていたために気にも留めていなかったが、今思えばハナはチラチラと二人を気にしていた。


「だって、メイちゃんはここら辺じゃ見たこともない綺麗な服を着てるし、デュラくんに関してはずっと兜を外さないからお酒も飲んでないし……」


 麦酒の入ったデュラのグラスからはすっかり泡がなくなってしまっている。

 柊吾は二人の正体について話すか迷った。だが、これまでの会話から彼女を信用に足る人物だと判断した。周囲を見回して他に聞こえないように、身を乗り出し小声で二人の正体を話す。


「――えぇっ!?」


 ハナが大声で驚愕の声を上げ、周囲の注目を浴びた。すぐに「ご、ごめんなさい」と謝りしゅんとする。


「くれぐれも他の人には秘密にしてほしいんだ」


「え、ええ、それは心配いらないよ。でも凄く驚いた……」


 ハナは興奮したように目を輝かせ、メイとデュラを眺めた。特に嫌悪感を抱いている様子もなく、柊吾は安心する。


「凄く興味深いなぁ……そうだっ! 三人は近々クエストに行く予定あるかな?」


「え? あ、ああ。一応は……」


 まだ迷っているところだが、ミノグランデの討伐に行こうかと思っていた。

 ハナは「じゃあさ」と年頃の少女のように歯を見せて笑い、


「私もぜひ同行させて! お願い!」


 思いがけないことを頼み込まれた。柊吾は目を丸くして聞き返す。


「え? いいの?」


 クラスBハンターとクエストを共にできるなど、願ってもないチャンスだ。ハナも酔った勢いで言ったのかもしれないが、この機会を逃すまいと柊吾は二つ返事で承諾――むしろ、クラスBモンスターの討伐に協力してくれと逆に頼み込む。


「――じゃあ二日後、楽しみにしてるね」


 ハナは弾けるような笑みを浮かべそう言い残すと、店を出て行った。

 柊吾も、メイが野菜スープを飲み終えるのを待ってから、グラスからすっかり泡がなくなってしまっているデュラの麦酒を飲み干し店を出た。


 翌日、柊吾はハナの経歴について調べて回った。別に怪しいからではない。彼女の弟の話を聞いて、過去になにがあったのか気になっただけだ。

 まずは、広場の掲示板で一般に出回っている情報を探した。クラスBほどのハンターになれば、モンスターと同様に情報が出回る。それだけ需要があるのだ。金を持った商人や特別な事情を抱える人などが、個人的に依頼したりするらしい。

 柊吾はその後、紹介所の三姉妹やシモン、最後に情報屋からハナの情報を買ったりした。

 

 ――――――――――


 三年ほど前、廃墟と化した村に恐ろしく強い魔獣が現れた。討伐隊や数々のハンターが挑んだが、傷一つ付けられずに敗走。やがてその魔獣は狂戦獣ベヒーモスと命名され、クラスAと認定された。

 それからベヒーモスは村に居座り、ハンターたちの狩りを妨げたことでカムラは飢饉に陥る。だが、ベヒーモスをどうにかしないことにはカムラ領民の絶滅は逃れられない。

 そんな絶望の中で立ち上がったのが、クラスBハンターのハナとその弟『テオ』だった。二人は勇敢にもベヒーモスに真正面から立ち向かい、見事撃退に成功。しかしその結果、テオは深手を負い戦死した。

 故にハナは、討伐隊やバラム商会から一目置かれている。本来は英雄としての扱いを受けていいものだが、ベヒーモスに一矢報いたのはテオだとハナが言い張り、領主の謝礼を受け取らず、噂を流す者たちにも広めるなときつく言って回ったそうだ。

 だからこそ、彼女はベヒーモスと再戦するそのときまで、ハンターを続けるつもりなのだろう。


 柊吾は集めた情報を家に持ち帰り、木造のテーブルにお茶を置いて腕を組み考えにふけっていた。


「あのとき、そんなことが……」


 当時、隼の素材集めに必死だった柊吾は、一時の休憩ぐらいにしか考えていなかった。自分がまだ表舞台にすら立っていなかった頃からハナは最前線で活躍していたのだ。畏敬の念すら抱く。

 柊吾が難しい顔をしながら「ずずず」とお茶をすすっていると、メイがテーブルの上に置いてあるハナに関するメモを覗き込んできた。


「お兄様は、ハナさんのような凛々しくてお強い女性がお好みなんですか?」


「ブフォッ!」


 メイの急な問いかけに柊吾は茶を吹き出す。


「お、お兄様!? 大丈夫ですか?」


 メイは慌てて柊吾に駆け寄り、むせている柊吾の背中を撫でた。柊吾が落ち着いたのを確認すると、壁に掛けてあった布をとり机の上を拭く。

 柊吾は顔を真っ赤にしながらメイに反論した。


「い、いきなりなにを言うんだよ……俺はそんなつもりで調べたんじゃない!」


「ご、ごめんなさい。私はてっきり……」


 メイは心なしかしゅんとする。柊吾は落ち着きを取り戻して言った。


「彼女はいわば高嶺の花。俺とは生きてる世界が違うんだよ。いくら俺がどう思ったって、ハナが俺に好意を寄せることはないさ」


 柊吾は特に期待していないように言い放ち、残ったお茶を飲み干す。


「ふふっ、それはどうでしょうかね?」


 メイが長い袖で口元を隠し、クスクスと控えめに笑う。

 柊吾にはその言葉の意味がどうしても分からなかった。

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