玉座を守り続ける者

 頂上へ近づくにつれ、凶霧は消え失せ魔物もいなくなった。

 頂上を覆うのは澄んだ雲。柊吾は清々しい気分になるが、登るにつれ息苦しくもなってくる。


「これはキツいな……」


 柊吾が弱音を吐いていると、前を歩いていたハナが心配するように振り返った。


「柊吾くん大丈夫? おぶるぐらいならできるよ」


「いっ? いやいや大丈夫!」


 柊吾はやせ我慢をした。やせ我慢せざるを得なかった。さすがに同年代の女性におぶってもらうなど、情けなくて出来なかった。


「そう? でも無理はしないでね?」


「ああ」


 柊吾は無理やり笑みを作り根性で足を動かした。


 ひたすら登り、彼らはとうとう山頂へ続くであろう山道まで辿りついた。

 それは傾斜の急な一本道。まるで境内の階段のように、長方形の岩が奥へと段々に積み重なっている。その入口はそびえ立つ背の高い尖った岩に挟まれており、手前は広い平地だった。

 柊吾は疲労でぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していたが、ようやくここまで来たと頬を緩ませる。

 ハナも表情を引き締め、奥をじっくりと眺めた。


「あと少しってところかな?」


「そうだな」


 柊吾は今のうちに息を整え、ハナは装備の確認などを済ませてから山道へ向かった。

 柊吾たちが岩で挟まれた門をくぐる直前――


「――クアァァァァァッ!」


 猛々しい獣の叫び声が響いた。

 柊吾たちが身構えていると、突然風の流れが変わった。

 声の主は、山頂の方角からまっすぐに羽ばたき、荒々しい突風を吹かせながら柊吾たちの背後へ降り立つ。

 ハナは反射的に般若面を顔へ下ろした。


「な、なんなの? この魔獣の恐ろしい覇気は……」


「嘘だろ……まさか、アークグリプスが生きていたなんて」


 玉座の守護者アークグリプス。上半身は鷲で顔から首までは白く上質な毛皮で覆われ、背には灰色な鋼鉄の翼、下半身は獅子で全身赤褐色をしている。二人でクラスAを相手取るとなると、いささか分が悪い。

 アークグリプスは、鋭い瞳を侵入者の柊吾とハナへ向けていた。

 そして、憤怒で顔にしわを寄せ吠えると、地を蹴り柊吾たちへ猛然と突進。その鋼鉄の右翼を剣のように横から薙ぎ払ってきた。


「っ! 回避!」


 柊吾はブーツの底から噴射し飛び上がって回避。

 ハナは前方へスライディングし、アークグリプスの足の間をすり抜ける。滑りながらアギトを地面に刺し、それを支点にしてくるりと旋回する。

 柊吾はアークグリプスの頭上へ飛び上がった際、オールレンジファングを放ちアークグリプスの背を掴んでいた。アークグリプスの剣翼による風圧を全身で受けながらも、巻取り装置とバーニア背面噴射により、アークグリプスの背へ反撃の一撃を叩き込もうとする。

 しかしアークグリプスもすぐさま半回転し、今度は左翼を薙いできた。


「ぐぁっ!」


 柊吾は間一髪アイスシールドで防御するが、呆気なく吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

 敵はまだ、追撃の手を緩めない。


 ――バサァァァッ!


 アークグリプスは両翼を大きく広げると前足を高く振り上げ、翼と共に振り下ろした。翼を前方へと羽ばたいた瞬間、無数の羽根が射出されまっすぐに柊吾へ向かう。


「っ!」


 柊吾は目を見開いた。その羽根はもはや剣。切っ先は刃のように鋭く輝いており、十分な殺傷力を秘めている。柊吾が急いで膝を立てたときには、眼前に無数の刃が迫っていた。


「柊吾くん!」


 アギトを背に納めたハナが柊吾の眼前に颯爽と立ち塞がり、二刀の小太刀を抜く。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 直後、数え切れないほどの金属音が甲高く鳴り響く。

 ハナが直撃のコースをとっている刃だけを選びとり、小太刀で弾いていたのだ。


「す、凄い……」


 柊吾は唖然と呟くしかできなかった。

 華麗に舞うハナ。しかし全てを受け切れるわけではない。

 刃の嵐が止んだときには、ハナもその柔肌に多くの切り傷を作っていた。


「ハナ!」


「大丈夫だよ。全てかすり傷。そっちはまだ動ける?」


「もちろんだ」


「なら次、来るよ!」


 アークグリプスは翼を小刻みに羽ばたかせ、風を集めていた。そして柊吾たちの方へ大きく振るうと、圧縮された風の円盤が四つ、鋭い風切音を響かせながら放たれる。見ただけでとてつもない切れ味だと分かる。ジグザグとゆっくりな軌道をとってはいるが、明らかに柊吾たちへ軌道を修正していた。


「ハナ、散開!」


 ハナと柊吾は左右別方向に駆け出す。

 風の円盤は二手に分かれて追尾するものだと思われた。しかし、四つ全てがハナへ飛来する。


「そんな!?」


 柊吾は足を止め叫ぶ。

 しかしハナは焦ることなく柊吾へ返した。


「チャンスだよ。私はいいから柊吾くんはアークグリプスを!」


 ハナは後ろへと向き直り、円盤に追走されながら全力で駆け出した。

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