ハナの休日

 数日後、柊吾は一人で広場の掲示板を眺めていた。

 呪われた渓谷の開拓が保留になっている間、討伐隊は人をかけ、廃墟と化した村の先を開拓する方針をとっていた。一番の懸念事項であったベヒーモスが倒れたことで、討伐隊も先へ進む踏ん切りがついたらしい。それでなにか新しい発見があればと、期待して来た柊吾だったが――


「――進展はなさそうだね」


 柊吾の背後で聞き覚えのある凛とした声が響いた。

 驚いて振り向くと、そこにいたのはハナだった。袖と裾の長い薄紅色の着物を着て花柄の小さな手提げを持っており、長い黒髪を純白のリボンで束ねポニーテールを作っている。

 普段の武者のような凛々しい雰囲気とは違い、大人っぽい着物を着こなし落ち着いた雰囲気で佇む彼女は、艶のある長い黒髪も相まって大和撫子のような印象だった。


「やぁ柊吾くん……って、固まってどうしたの? そんなにジッと見つめられたら少し恥ずかしいよ」


 ハナはそう言って頬をほんのりと朱に染めながら「あはは」と無理やり笑う。

 見惚れてしまっていた柊吾は慌てて目を逸らした。


「ごっ、ごめん! 久しぶりだねハナ。今日は訓練所はお休み?」


「うん、そうだよ。商業区の雑貨店で買い物して、なんとなくここに立ち寄ったの」


 柊吾は立ち話もなんだからと言って、ハナと噴水の後ろのベンチに移動し腰を下ろした。


「訓練所の方は順調?」


「そうだね、毎日結構な数の人が来るよ。駆け出しのハンターからクラスCの中級者、それに討伐隊員の人も来てくれるから、案外賑わってて」


「へぇ、そんなにたくさんの人が」


「ふふっ、意外と忙しいんだよ」


 ハナが満足げに笑う。

 訓練所が盛況だと聞いて柊吾は安心した。思い返せば、ハナが訓練所を開いたときは、クラスBの戦い方が教われるということで話題になっていた。ただ、ハナは基礎からしっかり叩き込むから、楽して早く強くなりたいと考える浅はかなやからがすぐに辞め、今は落ち着いているようだ。

 それでも多くの人がハナから教わっているということは、カムラの戦力増強に直結するから将来が楽しみだ。柊吾はまるで、シミュレーションゲームで自国を育てているような感覚になる。


「柊吾くんのほうはどう?」


 ハナが興味津々といった様子で柊吾を見つめる。

 柊吾は周囲を見回し、近くに人がいないことを確認すると小声で話した。呪われた渓谷でのこと、今の討伐隊の方針、グレンからの頼みで口外無用であることなど。ちなみに、ハナは柊吾にとって、パーティーメンバーと同等だと思っているから、話しても問題ないという認識だ。


「それで呪われた渓谷の開拓が一時中断になってるんだね。でも大丈夫? もし行き詰ってるなら、いつでも協力するよ?」


 ハナは身を乗り出し、不安げに揺れる瞳で柊吾を見つめた。長いまつげが綺麗な瞳に影を差し、妙に色っぽい。柊吾はそんなハナに至近距離で見つめられ、少しどぎまぎする。


「い、今は特にないから大丈夫。もし難しそうだと感じたときは、是非とも協力をお願いするよ」


「うん! 任せて!」


 ハナは満面の笑み浮かべ小さく拳を握った。

 その後、ハナは別の用事を思い出すと再び商業区へ向かって行った。

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