クラスS

 夕方、柊吾は自宅で目を覚ますと、心配そうに柊吾の顔を覗き込んでいたメイと目が合った。


「お兄様!? 良かった、お目覚めになられたんですね」


 メイがホッとしたように胸を撫で下ろし、デュラもその横で安心したように肩の力を抜いた。


「俺は一体……」


 柊吾は両側からデュラとメイに支えられ、ゆっくり上体を起こす。

 お茶をもらって気分を落ち着かせると、メイから柊吾が倒れた後のことについて説明を受けた。


 柊吾が倒れた後、渓谷には同じクエストを受けたハンターたちがぞろぞろとやって来た。メイが彼らへ状況を説明し、柊吾を運んでもらったようだ。その後、クエスト結果の説明を討伐大隊長から求められ、メイはデュラと共に討伐隊駐屯所で詳細に説明した。その結果、赤い雷の原因究明と魔物の撃退に成功したものの、排除に至らなかったとしてクエストの成否は一時保留となったそうだ。討伐隊と領主文官で再度議論するため、明日もう一度討伐隊駐屯所へ行くよう指示されている。


「そうだったのか……俺が寝ている間に迷惑をかけた」


「いいえ、お兄様がご無事で本当に良かったです」


 デュラもうんうんと頷いている。


「ありがとう。二人も怪我はない?」


「ええ、私もデュラさんも大丈夫です。しかしあの魔獣、なぜ逃げ出したんですかね? あのままいけば、いくらデュラさんでもいずれ……」


 メイがせないといった様子で首を捻る。

 それは柊吾も引っ掛かっていることだった。最初はナーガやアンフィスバエナのように、麒麟自身が渓谷を呪っている原因だと考えていた。しかし、麒麟が去って落雷は止んだが、黒い冷風は収まっていない。それに赤い角が欠けて現れた白い角と、ひとりでに暴れていた様子を見るに、あれが麒麟の本当の姿とは思えなかった。


「そうだな……もしかしたら、あれは凶霧が原因で理性を失っていたのかもしれない。だからデュラが角を攻撃したとき、理性を奪っていた媒体が欠けて錯乱したんじゃないかって思う」


「あれほどの力を持つ魔獣ですら狂わせるなんて、恐ろしいです」


 メイが神妙な表情で心細そうに言う。柊吾はそんなメイを安心させるように、頭を優しく撫でた。

 柊吾の見立て通りであれば、麒麟を狂わせた張本人が別にいるはず。だからこそ慎重に行くべきだと肝に銘じた。

 

 翌日、柊吾たちはシモンの鍛冶屋へ寄った後、討伐隊駐屯所を訪れた。

 柊吾、メイ、デュラの三人は二階に上がると、事務員の女性に案内され、奥の応接室に案内された。三人並んでソファに座るとすぐに、討伐大隊長も入室し向かいに腰を下ろした。彼は、短い金髪に濃い髭を生やした堀の深い顔立ちの大男で、光沢を放つシルバーな西洋甲冑を着こんでいる。背にはツヴァイハンダーという大剣を担いでおり、猛将といった風貌だが思慮深さを感じさせるような眼差しだった。


「よく来てくれた。私は大隊長の『グレン』だ。噂に聞く赤毛のハンターに会えて嬉しいよ」


 グレンは朗らかな笑みを浮かべ、握手を求めてきた。討伐隊の上層部にまで注目されているなど思いもしなかった柊吾は、地に足がついていないような感覚を覚えながらも握手に応える。メイから聞いていた通り、話の通じそうな人物で安心した。

 メイとデュラが神妙な面持ちで見守る中、グレンは早速本題に入る。


「メイくんから聞いていると思うが、今日は呪われた渓谷でのクエストのことで足を運んでもらった。とりあえず、まずは情報を整理させてほしい」


「分かりました」


「まず、赤い雷を発生させていた原因だが、赤く光る角を持った魔獣。それが犯人で間違いないか?」


「はい、間違いありません。それと魔獣の名ですが、昔に読んだ文献の中に合致するものがありました。奴の名は『天雷の霊獣 麒麟』です」


 ここに来る前、シモンのところに寄った理由はこれだった。彼の持っている手記に麒麟のことが記述されているか確かめていたのだ。そこには今しがた口にした名で記されてあり、柊吾の予想通り穏やかな性格の霊獣だとされていた。


「麒麟か。分かった、あれの名はまだ決まっていないので使わせてもらおう。で、その麒麟だが、ベヒーモスやナーガを超える力を持つというメイくんの証言から、クラスSモンスターと認定した」


「クラスS……」


 柊吾は目を見開き息を呑む。言われれば妥当な判断だと分かるが、クラスSという言葉があまりにも重く感じられる。

 それはグレンも同様。


「私たちとしても、クラスSモンスターの情報を公表していたずらに領民の不安を煽りたくはない。まだ奴の消息が掴めていないという状況もある。柊吾くん、どうか麒麟のことは口外しないようはからってもらえないだろうか? クエストは中断という扱いで公表することになってしまうが……」


 それは柊吾たちの苦労を無に帰すようなものだ。柊吾は即答できず、眉を寄せながらメイとデュラを見た。二人はなにも言わず、柊吾に信頼の目を向けている。柊吾は深く息を吐いた。


「……分かりました」


「迷惑をかけて申し訳ない。支払われる予定だった報酬は、後で支払うよう手を回そう」


 グレンは少しだけ表情を和らげると、声を抑え続ける。


「結局、麒麟はまた現れると思うかい?」


「正直なところ分かりません。あれが致命傷になったわけではないので、時間が経てば再び渓谷で暴れるかもしれません」


 それが柊吾の本心だった。あのとき、いくら理性のせめぎ合いをしていたからといって、また狂わないとは限らない。そうならないことを祈る他、柊吾たちにできることはないのだ。

 グレンもその回答は予想していたようで、間を置かずに口を開いた。


「やはり、か。それは我々としても同じ考えだ。そこで、呪われた渓谷の開放はもう少し時間を置いてからにしようと思う。で、麒麟が再び現れるようなことがなければ、正式に一般開放するつもりだ」


「なるほど。異論はありません」


 柊吾がそう返すとグレンは満足したように頷き、最後に今後の討伐隊の方針を説明して話を切り上げた。ここまで討伐隊の内情を知らされると、柊吾も手伝わなくてはいけないような気になってくる。


(俺はハンターだ。領民の運命を背負って立つなんて、大それたことは考えるべきじゃない)


 柊吾は自分にそう言い聞かせ、これ以上討伐隊に深入りしないよう思い直す。自分の本当の目的を見失わないために。

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