怨嗟の奔流

 進展があったのは一週間後のこと。

 討伐隊は廃墟と化した村の先に広がる濃霧の中、三班編成に別れこまめに位置情報を記録、情報共有しながら進行した。そして、数々のクラスCモンスターと遭遇しながらもなんとか切り抜け、ようやく目的地にたどり着く。それが新たなフィールド『汚染された都市』だ。この大陸の中心にあり、かつて大商業都市として栄えていた。現在は霧が濃く視界は非常に悪かったが、都市の中央部ほどまでを確かめた後、フィールドを開放。


 しかし問題はすぐに起こった。

 血気盛んなハンターたちは歓喜し、商人たちも先行者利益を得ようと次々に探索クエストを発注した。もちろん開拓で疲弊しきっていた討伐隊は、都市の最深部調査をハンターに任せ止めることはしない。

 その結果、絶望の象徴が発見されることになったのだ。凶霧を生み出す巨大な悪魔が。

 それを最初に見た者は、その巨大さから城だと思ったらしい。しかし気付くにつれ全貌が明らかになる。

 ヤギのように湾曲した角を生やした悪魔の頭部で、肉なきむき出しの骸骨。背の巨大な漆黒の翼を広げ、全長は五十メートル以上。全身は紫の毛皮で覆われ内側は、臓物のような脈動する紺の物体が詰め込まれている。それはところどころ、人の顔の形が浮き彫りになっていた。なによりおぞましいのは、顔に下顎がなく、どす黒いドロドロの粘液を垂れ流し続けているという。

 近づいてしまったハンターたちはその粘液に次々飲み込まれ気化し、『凶霧』となった。命からがら生き延びたハンターによって噂はすぐに広まり、討伐隊は汚染された都市の中央部より先へ進むことを禁じた。あまりに危険な相手であるため立ち向かうなということだ。

 

 噂を聞いた柊吾は汚染された都市に行く前、シモンの鍛冶屋に寄っていた。


「『怨嗟の奔流 ダンタリオン』か」


 シモンの持つ謎の手記にはその名が記されていた。


 ~~怨嗟の奔流 ダンタリオン~~

 この大陸に霧撒く怨嗟の奔流。巨大な悪魔の姿をしているが理性はなく、凶霧の原液となる汚染水を大地へ垂れ流している。それらは死んでいった者たちの怨嗟の叫び。大気の凶霧を吸い込み体内で濃縮するため果てはない。ダンタリオンが動き出したときこそ、星が終焉迎えるとき。


「恐ろしいだろ? まさか、近くにこんなバケモノがいたなんてな」


 シモンが小さな丸椅子に座り肩をすくめる。

 柊吾も差し出された丸椅子に座った。


「そうだな。コイツが垂れ流している汚染水の正体が気になるところだ。もし解明できたら、俺たちは明るい世界を取り戻すことができるかもしれない」


「おいおいおいおいっ。君はまさか、ダンタリオンを見に行こうってんじゃないだろうな?」


「そのつもりだよ」


 柊吾がしれっと答えると、シモンは眉をしかめる。


「やめとけって。汚染水に飲まれたハンターもいたって話だろ? 死んでしまうかもしれないんだぞ?」


「危険なのは分ってるよ。でも、俺が自分の目で確かめなきゃいけないんだ。そんな、気がするから……」


 柊吾は最後をはぐらかしたが、ダンタリオンが自分の転生に少なからず関係している……そんな予感があった。

 それでもシモンは、いつになく真剣な表情で柊吾を止めようとする。


「そんな不確かな理由で死にに行く奴があるか! たまには我慢てものを覚えろよ」


「大丈夫だって。少し近づいて実物を観察したらすぐに退くよ」


「……この頑固野郎が。デュラとメイちゃんは連れて行くんだろうね?」


「あ、ああ」


 柊吾は目を丸くした。いつものシモンなら、そんな危険なところにメイを連れて行くなと怒っているところだ。それほどまでに柊吾を心配をしているいうこと。


「シモン……」


「ふんっ、また負傷してきても修理してやらないからな」


 シモンはふてくされたように背を向けると、武器の加工作業に戻った。

 柊吾は小さく「ありがとう」と呟くと音もなく鍛冶屋を去る。

 親友が心配してくれていたことがどうしようもなく嬉しかった。

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