汚染された都市

 汚染された都市は濃い霧に包まれ視界が悪く、立ち並ぶ高い建物の影がかろうじて見えるだけだった。瘴気の沼地ほどの毒気はないため、浄化マスクなしでも行動できるのが不幸中の幸いか。ただ、柊吾は気が狂いそうだった。辺りに立ち込める霧には、感情が乗っているかのような生々しい質感があった。憎しみや悲しみが入り混じったような唸り声の幻聴すら聞こえる始末だ。


「お兄様、大丈夫ですか?」


 メイが不安そうに表情を曇らせ、真っ青な顔で歩いている柊吾の顔を覗き込んできた。さすがはアンデットといったところか、精神力は強いらしく特に怯えた様子もない。

 デュラも同様で、柊吾を守るように先頭を歩いている、


「大丈夫だ。さっさとダンタリオンを確認して帰るとしよう」


 一応、素材収集のクエストを受けてきてはいるが、ダンタリオンの確認だけで帰るつもりだった。クエスト失敗の扱いにしても構わないというスタンスだ。

 転移した城下町の正門から中央部へ行く道中、多数のクラスCモンスターと遭遇した。カトブレパスやサイクロプス、イービルアイなど他のフィールドにも出現する魔物ばかりだが。

 柊吾が戦うまでもなくデュラが先陣を切って突撃し、メイとのコンビネーションで瞬く間に敵を狩っていく。柊吾自身、ここまで頼もしいパーティーを築けるとは思っていなかった。


 やがて、禁止区域との境界にあたる商業中心区に辿り着くと、他のハンターたちも来ていた。彼らはここらが限界だと理解しており、引き返すところだ。

 柊吾は上に目を向け、ぐるっと周囲を見回す。


「あれか」


 北東の方角にそびえ立つ影があった。霧で姿が隠れていようと、その存在感は隠しようがない。

 柊吾たちは、他にハンターがいないことを見回して確認すると、影の方へ足早で歩き出した。見張りの討伐隊を置けないのも、ここに長時間いるだけで精神に異常をきたす恐れがあるためだろう。

 少し歩いてすぐに、それは姿を現した――


「――うっ……」


 柊吾は口元を抑える。目の前には汚染水を垂れ流すダンタリオンの姿。まさに情報通り、異形の姿をした巨大なバケモノだ。汚染水は地面に溢れかえっているが、空気に触れて少し経つと凶霧へ変わり宙に拡散していく。胴体から浮き出ている無数の人の顔はどこか見覚えがあり、激しい頭痛と吐き気を催した。


「お兄様……」


 メイが心配そうに呟き柊吾の手を握る。


「くっ……」


 なにかが掴めそうな気がしていた。より強くなる怨嗟の幻聴には、聞き覚えのある声があった。それが誰なのかは思い出せない。

 柊吾はなにかを求め無意識にダンタリオンへと手を伸ばす。


 ――ガシャン!


 その手は、柊吾の前に突然立ち塞がったデュラに握られていた。


「…………」


 デュラはゆっくり首を横へ振る。

 柊吾はそれを見てため息を吐くと、なにかを悟ったように目を瞑った。


「そうだね。今はまだ焦るときじゃない。ありがとうデュラ、メイ。カムラへ戻ろう」


 柊吾は穏やかな表情でそう告げると、自らダンタリオンへ背を向けた。


(そうだ。真実に近づく方法は他にもあるはず。奴に魅入られて取り込まれるようなことがあっては意味がない)

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