帰還

 とある日の夕方、一隻の幽霊船がカムラへ到着した。

 事件の連続で疲弊しきった討伐隊の騎士たちが緊張で額に汗を浮かべ浜辺で武器を構える中、停泊した船から降りてきたのは――


「――ようやく帰ってきたんだな」


「はいっ、お兄様」


 嬉しそうに頬を緩ませる柊吾とメイだった。


 約1日だ。

 柊吾とメイがカムラを離れてから今ここに至るまで。


 シンから不死王の力を受け継いだ柊吾とメイは、すぐに引き返した。

 王の墓の北に続く大陸、かつてレイスフォール家が住んでいたという城には興味があったが、メイによるとかなりの距離があるということで、アイテムも体力も底を付いていた柊吾はメイを連れて帰ることにしたのだ。いくらシンが凶霧を操っていたと言っても、ここから離れてしまえばクラスB以上のモンスターが出現しない保証はない。

 幽霊船の漂着した海岸へ二人が戻ると、船は向きを変えいつでも発進できるといわんばかりの状態だった。

 シンの力を継いだおかげで初めて柊吾は気付いた。船全体に無数の魂が憑りついていたのだと。そしてずっとその状態を維持していた。

 メイが継いだ力で彼らの魂に干渉してみると、カムラまで二人を送って行くようにとシンに命じられていたようで、二人をカムラへと無事に送り届けてくれたのだ。


「――柊く~ん! メイ~!」


 柊吾たちがゆっくりカムラの浜辺を歩いていると、横に並んだ騎士の間からニアが飛び出してきた。

 目に涙を溜めながら二人の元へ駆けてくる。その後ろにはデュラの姿もあった。


「ニア! デュラ!」


 柊吾も声をはずませ、メイと共に走り出す。

 ニアは勢いを落とすことなく、大衆の面前だろうと遠慮なく柊吾の胸に飛び込んだ。


「っと」


「良かったよ~~~」


 気恥ずかしさはあったが、柊吾は黙ってニアの頭を撫でる。

 柊吾は頬を緩ませながら追いついてきたデュラに目を向ける。

 するとデュラはビシッとその場で気を付けの姿勢をとり、深く頭を下げた。

 柊吾は「また大仰だなぁ」と苦笑する。

 するとメイが言った。


「デュラさんは、自分がいながらなにもできなくて不甲斐ないっておっしゃってるんですよ」


「それを気にしてたのか。そんなことはないよデュラ。あのとき君がバーニングシューターを……って……へ?」


 柊吾は突然素っ頓狂な声を上げ、メイの方を振り向く。

 メイはいたずらが成功したように小悪魔チックな笑みを浮かべていた。

 柊吾はまさかと思い、デュラの方を見ると、彼も驚いたように顔を上げ固まっている。


「まさか、その力で?」


 メイは「はいっ」と可愛らしく微笑む。

 どうやら魂に干渉する力でデュラの意図も読めるようになったらしい。


「どゆこと~?」


 泣き止んだニアがようやく顔を上げ、上目遣いで柊吾を見つめる。


「あ、いや……とりあえず、一旦家に戻ろうか」


 討伐隊や見物人たちの見世物になっていることに気付いた柊吾は苦笑し、大事な仲間たちを連れ家へ戻るのだった。


 翌日、柊吾とメイはヴィンゴールに呼ばれ領主の館に赴いていた。

 ヴィンゴールはいつものように赤い絨毯の奥の執務机の前に立ち、その左右には討伐隊幹部と文官のキジダル、バラムが並んでいる。相変わらず領主側近はまだ一人欠けたままのようだ。

 柊吾は昨夜、ニアとデュラにも説明した「幽霊船の先で起こったこと」についてヴィンゴールへ報告した。


「そんなことが……ふむ、にわかには信じがたいが……」


 ヴィンゴールは眉にしわを寄せ低く唸る。

 柊吾自身、信じてもらうには無理のある内容だと分かっていた。

 幽霊船が彼らを王の墓まで導き、そこにいたのがメイの兄で、その討伐に成功しまた幽霊船に乗って帰還したなど、信じろと言う方がおかしいのだ。

 しかし討伐隊幹部たちも首を傾げて黙り込むだけで、なにも言ってこない。

 ここでまた柊吾に嫌疑をかけようものなら、処刑騒動の二の舞になりかねないからだ。

 キジダルは鋭い眼差しで柊吾を見ているが、やはりなにも言わない。

 するとようやくヴィンゴールが口を開いた。


「……分かった。なにはともあれ、二人とも無事ならそれでいい。メイも実の兄を戦うことになって辛かったろう。今はゆっくり休み、またマーヤの助けになってやってくれ」

 

「は、はい」

 

 メイは恐縮したようにぎこちなく返事をする。

 すると、なにか隠していると勘ぐったのか、キジダルが割って入った。


「なにか、入手できたものはないのかね? たとえば新種の鉱石類や上質な素材、今までにない情報でもいい」 


 柊吾は手に入れた不死王の能力については報告していなかった。

 また無用な混乱を招き、バケモノ扱いされる可能性があるからだ。もし、この特殊な能力に気付かれても、新たに開発した新兵器だとでも言っておけばいい。

 とはいえ、キジダルの目は鋭く、なにかを探り当てるまでは逃がさないとでも言いたげだ。

 柊吾は一枚のカードを切ることにした。


「そういえば、メイの兄は気になることを言っていました。凶霧の正体は人の魂が寄り集まった怨念であると……」


「な、なんだとっ!? そ、そんなこと信じられるかっ!」

 

 キジダルが目を見開き額に青筋を立てて叫んだ。

 幹部たちも互いに顔を見合わせ、真偽について話し始める。

 ヴィンゴールもますます訳が分からないというように、口を開こうとしたが柊吾が先に答えた。


「いえ、俺も信じてはいません。だから先ほどの報告には入れなかったのです」


 そう言うとキジダルは「むぅ」と口をつぐんだ。

 また難癖をつけられてはたまらないと思った柊吾は、報告は以上だとはっきり告げ、ヴィンゴールの館を去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る