羨望

「――よう」


 柊吾は領主の館を出てすぐ声をかけられた。

 若き討伐隊長のクロロだ。

 さすがは隊長と言ったところか、後ろに若い部下を二人連れている。


「クロロさん」


 柊吾は思わず頬を緩め、メイを先に家へ戻らせるとクロロに向き直った。

クロロは隊長になってからというもの、騎士としての威厳を身に纏いつつあった。ヒューレの死や先般の処刑騒動が彼の成長のキッカケになったのかもしれない。

 クロロはやれやれと眉尻を少し下げた。


「あんたはいつも妙なことに巻き込まれるな」


「俺だって勘弁してほしいですよ」


 柊吾とクロロが顔を見合わせ苦笑する。


「まあ帰って来れて良かったよ。あんたもメイちゃんも、大きな怪我はないか?」


「ええ、なんとかって感じですがね。討伐隊の方の被害は?」


「うちの隊も他の隊も、軽症者はいたけど大した被害はなかったさ」


 柊吾は安堵する。シンの目的ははなからメイだった。だから不要な殺生は避けたかったのかもしれない。

 とはいえ、討伐隊の動きが良かったからであることは明白だ。

 柊吾は感心したように頷く。


「さすがはクロロ隊長。この間の指揮、見事でしたよ」


「よしてくれ。照れるだろうが。でも、ヒューレ隊長には遠く及ばない……」


 クロロは眉を悲しげに歪め、強く握った右の拳に視線を落とす。

 過去の傷はそう簡単に消えない。

 彼はこれからもヒューレの幻影と戦い続けるのだろう。

 当時のことを思い出した柊吾はクロロにかける言葉を見つけられず、ただ黙るしかなかった。

 すると――


「――クロロ隊長」


 後ろに控えていた若い騎士の一人が一歩前に出た。

 顔が強張り声も緊張で硬い。

 なにか良くないことでもあったのかと、柊吾は身構えるが、クロロは思い出したように顔を上げ先ほどまでの雰囲気をかき消すように気さくに笑った。


「おっと悪い悪い。お前らを連れてきた理由をすっかり忘れてた」


「? 護衛じゃないのか?」


「護衛ってなぁ、俺はどこのお偉いさんだよ。それよりも紹介させてくれ、こっちがキルゲルトでこっちがアインだ」


 クロロがそう言うと若い騎士二人が柊吾へ頭を下げる。

 キルゲルトと呼ばれた若い男は、やや長めの茶髪にツリ目気味のシャープな顔立ちで、堂々とした佇まいからは自信が満ち溢れている。

 アインの方は、黒髪で人の良さそうな穏やかな顔に眼鏡をかけており、騎士にしては少々細い体型もあって頭脳派に見える。

 柊吾は急に二人を紹介されて戸惑った。


「キルゲルトです。よろしくお願いします」


「アインです。お会いできて光栄です」


「は、はぁ」


「二人はな、あんたのファンなんだ」


「ふぁ、ふぁん!?」


 思いがけない言葉にのけぞった。

 いつから自分はアイドルになったのだろうかと頭に疑問符が浮かぶ。

 するとキルゲルトが歯を見せて嬉しそうに言った。


「はい! 自分は新米ですが、先の海の魔物襲撃事件や幽霊船迎撃の際に、設計士様の自由自在な戦い方と勇猛果敢な行動力に感服しました」


「私は設計士様の処刑騒動の際、処刑場の警備をしていましたが、ハナ殿やクロロ隊長を始め、たくさんの人があなたを助けようと必死に戦う姿を見て、胸を打たれました。いつか私もあなたのように人望のある人間になりたいんです」


「んで、ぜひともお前さんに挨拶したいって言われて、連れて来たってわけさ」


 クロロがやれやれといった風に言うが、頬は緩んでおり満更でもなさそうだ。

 部下に頼られて嬉しいのだろう。

 柊吾も真正面から羨望の眼差しを向けられて、なんだか気恥ずかしくどんな表情をしていいか分からなかった。

 よく見てみると、二人の腰に下げられているのは柊吾が設計した『電撃剣』だ。


 二人が柊吾へ色々聞こうと目を輝かせていると、タイミング悪く領主の館から討伐隊の幹部たちが出てきた。

 どうやら会議はもう終わったようだ。


「あちゃぁ、思ったより早かったな。グレン大隊長に見られたらサボりだと思われそうなんで、俺たちは巡視に戻るわ」


 クロロは「そんじゃ」と言って片手を挙げ、住宅街の方向へ歩いていく。

 キルゲルトとアインも柊吾へ頭を下げ、クロロの後を追って行った。

 柊吾は三人の後ろ姿を見送りながら、内心では少し嬉しかった。やはり誰かに認められるのは気分がいいのだ。


「――なにをしてるんだ?」


 柊吾がこれからどうしようかと立ち尽くしていると、背後から声を掛けられた。

 振り向くと、そこにいたのは金の短髪で猛将の覇気を纏っているグレンだった。

 少し気まずい。

 というのも、処刑騒動で彼は柊吾の敵に回っていた。

 その後、直接話す機会もなく彼が柊吾のことをどう思っているのか皆目見当もつかないのだ。


「い、いえ、少し考え事をしていただけです」


「そうか……この間はすまなかった!」


 グレンはそう言うと勢いよく頭を下げた。

 柊吾はわけが分からず後ずさる。


「は、はい?」


「君が処刑されそうになったときのことだ。私は君の人柄を知りながら、君の無実を信じることができず、君を助けようとする仲間たちへ剣を向けてしまった。本当に申し訳ない!」


 そう言って顔を上げたグレンは苦しそうに顔を歪めていた。

 後悔だ。

 彼は柊吾へ剣を向けたことを、彼を疑ってしまったことを悔いているのだとその表情が語っている。

 それを見ていると、柊吾もなんだか申し訳ない気分になった。


「いいですよ。俺に落ち度があったことは間違いないんですから」


「本当にすまない。なにか困ったことがあったら、私に相談してくれ。キジダル殿が相手だろうが君に力を貸すと誓うよ」


 グレンは神妙な表情でそう言うと、最後にもう一度謝り、そしてカムラを救ってくれたことに礼を言って去って行った。

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