技術長の宿怨
浜辺へ行くと、大勢の討伐隊整備班や鍛冶職人たちが船の強化作業に取り掛かっていた。カンカンカンカンと金属を打ち付ける音や親方が大声叫ぶ声が響き、活気に満ちていた。
元々は、木造のおんぼろ船だった幽霊船を、カトブレパスの毛皮やアラクネの糸など、より強度の高い素材で強化している。そもそも幽霊船は凶霧発生以前に作られたものであったため、明らかに強化された魔物の素材を使っている今、全盛期を超える頑丈さが期待できる。敵が強くなったおかげで良いものが作れるとは、皮肉なものだ。
しかし、以前カムラを襲った触手を思い出すと、はたしてあのトゲ付きの鉄球に船が保つのかという不安はぬぐえない。
柊吾が作業を遠目に見ていると、浜辺の方から歩いてきた大男に声をかけられた。技術長だ。
「よう、赤毛の。こっちは順調だぞ」
技術長は、古傷の目立つその厳つい顔に笑みを浮かべた。まさしく鍛冶屋の親方といった雰囲気で、人懐っこさとベテラン感が滲み出ている。
柊吾は仰々しく頭を下げた。
「助かります。技術長を始め、協力してくださっている方々には本当に感謝しています。かなりの無理を強いていることは重々承知していますが、どうかよろしくお願いします」
「なんだよ堅苦しいなぁ。俺のことはファランって呼びな、柊吾」
ガハハと豪快に笑いながら、技術長ファランは柊吾の肩を叩いた。
柊吾と一対一で話すのは初めてだと言うのに、えらくフレンドリーだ。馴れ馴れしさで言えば、アンの雰囲気に少し似ていた。
とはいえ、こんな大変な仕事を自ら引き受けてくれた彼には頭が上がらない。
「ファランさん、ありがとうございます」
「なに、礼を言うのはこっちさ。ありがとよ、柊吾。俺に活を入れてくれて」
「はい?」
なぜ礼を言われたのか、柊吾にはまったく心当たりがない。
柊吾が困惑していると、ファランは急に神妙な表情になって船を見上げる。その背中からは、なんだか哀愁が漂って見えた。
「数年前、この浜辺で行方不明事件があったのは覚えてるか?」
数人の一般人が失踪したきり、戻って来なかったという事件だ。討伐隊の調査の結果、被害者全員がここを訪れていたことが判明し、海になにかいるのではないかと一時期噂になった。
「はい。一般人が失踪したきり、二度と帰って来なかったと」
「そうだ。それでその一般人の中に俺の娘がいたんだ」
「っ!?」
突然告げられた衝撃の一言に、柊吾は絶句する。
思わずファランを見ると、彼は悲痛に眉を歪め拳を握りしめていた。
「俺は必死に進言したんだ。船を作って海へ出ようと。きっと魔物が潜んでいて、娘をさらったんだと確信していた。けど、そのときのカムラにそんなことをしている余裕はなかった。結局、魔物の存在も確認できないまま、調査は打ち切り俺も諦めちまったってわけさ。その犯人が今頃になってようやく見つかるとはな……」
「ファランさん……」
「だからお前さんには感謝してる。海の怪物を倒すために力を貸せと言う柊吾を見て、昔の俺にかさなったんだ。一度は諦めちまった俺に、ガツンと一撃くれたわけよ」
ファランが吹っ切れたように笑みを浮かべ、闘志に燃える瞳を柊吾へ向けた。
柊吾は彼の目を見て一言、呟いた。
「倒しましょう、必ず」
「おうよ!」
このときには、この船ではたして戦えるのかという不安は、柊吾の中から消えていた。
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