恐怖

 フェミリアの手記によれば、ユミルクラーケンの弱点は胸部。触腕で守られている胸の奥に刃が届けば、致命傷を負わせられるという。ヒュドラのコアと同じようなものだ。

 雌雄を決するのは、この初撃。

 柊吾とニアは猛然と空を翔け、一直線にユミルクラーケンへ迫る。


「はあぁぁぁっ!」


「えぇぇぇぃっ!」


 稲妻纏った大剣の斬撃と竜の爪が触腕を裂く。

 灰色の皮膚が裂け濃い紫の体液が飛び散るが、触腕の皮膚は想像以上に硬く厚く、深い傷は与えられなかった。


(お兄様、ニアちゃん! 下がってください!)


 柊吾の頭にメイの声が響き、ニアと別れ左右へ飛ぶ。

 その直後、カイシンから放たれた高熱量の光線がクラーケンの腹部に直撃。クラーケンは唸りやや前にのめる。トライデントアイの最大出力を持ってしても、貫通には至らないものの効いてはいるようだ。

 光線はそのまま胸の方まで軌道を射線を上げ、触腕を焼いていく。

 瞬く間にその皮膚は焼けただれていくが、その射線上に触手が割り込み遮ってしまう。


「ちぃっ」


 光線の照射は決定打となることなく終わり、柊吾とニアは多数の触手に囲まれた。

 それはカイシンも同じ。

 最悪なことに、クラーケンの姿を見て絶望し足のすくんでいる者もいる。今は憎悪や憤怒よりも恐怖の方がまさっているのだ。


「くっ、くそぉぉぉっ!」

 

 触手の目の前にいたキルゲルトが半ばやけくそに叫び、電撃剣の切っ先を敵へ向けた。魔力を込め刀身に雷を流し込む。しかしそれはこの敵を相手にするのに、明らかに不利。船の甲板からでは海上を移動する触手に届くわけがない。

 そんなことを教えてくれるわけもなく、触手は無慈悲にも先端の鉄球を振り被った。

 キルゲルトの顔が恐怖に歪み、足がすくんで動かない。


「――はあぁぁぁぁぁっ!」


 そのとき、凛々しい掛け声が暗雲たる空気を切り裂いた。直後、空気のひりつくような振動音と翡翠の一線が宙を走る。

 キルゲルトが茫然と頭上を見上げていると、叩きつけれるはずだった鉄球は触手から離れ、海へ落ちる。

 頭のなくなった触手の皮膚を勢いよく蹴って跳び、キルゲルトの横に着地したのはハナだった。


「なにをしているんですか!? 砲台を使ってください!」


 ハナの凛とした声は、金縛りにあったかのように固まっていたグレンへ届く。


「っ!! 砲台を使って触手とクラーケンを迎撃しろ! そう簡単に近寄らせるな!!」


 グレンが叫び、ようやく船員たちがまともに動き出す。

 キルゲルトが礼を言おうとしたときには既に、ハナは次の敵を追って走っていた。

 カイシンはレーザーと爆弾で弾幕を張り、ユミルクラーケンへ応戦を始める。


 「――ぐっ……このぉっ!」


 柊吾たちも触手の猛攻を避けながら、触腕への攻撃を繰り出していた。

 迫る鉄球を避け、目の前に新たな触手。ブリッツバスターを叩きつけるが、その厚い皮膚は簡単には切断しきれない。

 触手の壁は想像以上に厚かった。だがそれを避けていては、すぐに周囲を囲まれタコ殴りにされる。


 ――ヂヂヂヂヂッ!


 刀身に稲妻を溜め、力の限り触手を横へ薙ぎ払うと柊吾は叫んだ。


「いけっ! ニアぁっ!」


 柊吾の開いた隙間をニアが突き進む。

 彼女は本体へ辿り着くと、剣のように鋭い爪を縦にそろえ、触腕を裂く。

 だがやはり傷は浅い。

 すぐに横から触手が迫り、ニアは右上へ飛んで旋回。

 柊吾は振り下ろされる鉄球を避け、ニアの元へ上昇した。


「う~ん……あんまりだねぇ」


 ニアはしょんぼりと肩を落としながら呟く。

 これは長期戦を覚悟する必要がありそうだ。

 柊吾がこちらへ向いた触手たちの隙を探っていると、メイの声が頭に響く。


(砲撃、いきます!)


 すぐに大砲とレーザー砲が火を噴き、触手とクラーケン本体を攻撃する。

 触手たちは衝撃で大きく後退。しかしクラーケン本体へのダメージは限定的だった。

 攻撃が止むと、柊吾は背面へバーニアを噴射。


「今だ!」


 触手の壁が薄くなったタイミングを見計らって本体へ突撃した。

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