海の汚染源『ユミルクラーケン』
「――おいっ、なにか見えるぞ!」
叫んだのは、見張り台に登っていた軽装の騎士だった。
柊吾たちが慌ててデッキの右端に駆け寄ると、海に巨大な丸い物体が浮かんでいた。
一瞬、島にも見えたが、灰色の表面上にはなにも乗っていない。
柊吾がその正体に気付くの時間はかからなかった。
「何事だ!?」
すぐにグレンもやって来た。続いて、騎士やハンターたちも何事かとわらわら集まって来る。クロロやアイン、メイたちもそろっている。
柊吾は努めて冷静にグレンへ告げた。
「グレン大隊長、ヤツです。すぐに戦闘の準備を」
周囲でざわめきが広がる。
グレンは眉をしかめ、灰色の物体を一瞥するとすぐに状況を把握し頷いた。
「総員! 戦闘配備!」
グレンの号令で船員たちは慌ててあちこちへ散らばる。ある者は砲台につき、ある者は船内へ。
メイ、デュラ、ニアは柊吾の元へ駆け寄り、ハナたちは準備のために武器のある船内へ向かって行った。
「『ウイングバーニア』の充電は?」
柊吾が近くにいたクロロへ尋ねると、その後ろにいたアインが前に出た。
「終わっていることを先ほど確認しました。こちらへ」
そう言ってアインが柊吾をデッキの中央へ案内する。
その後ろにメイ、デュラ、ニアがついて来る。
歩いていると、キルゲルトたちが漆黒の翼を模したバックパックを運んできた。
それこそ、ユミルクラーケンに対抗するための新兵器だ。漆黒の翼を模したバーニアで、隼の背に装着が可能。バックパックの下には左右に筒状のカートリッジが装着してあり、そこから簡易的な被覆で覆われたアラクネの糸が伸びて、翼の付け根に接続できるようになっている。
柊吾は、デュラやキルゲルトたちに手伝ってもらいながら、ウイングバーニアの装着を完了した。想像通りずっしりと重い。
――チチチッ!
カートリッジと翼が糸で繋がったことにより導通。蓄電石が放電を始め、翼の内側に加工されたジュール鉱石に熱を与える。それこそウイングバーニアに搭載された最新機能だ。
横に広がった翼の内側は、ジュール鉱石によって高熱となり、少ない炎によって燃焼噴射できるため、高機動に加え長時間飛行も可能にしている。
「ニア、行こう!」
「おっけ~い!」
――バシュゥゥゥゥゥンッ!
柊吾はウイングの噴射によって飛び上がる。制御に問題なく出力も良好。
ニアも漆黒の翼を広げそれに続いた。
柊吾たちの準備が整ったことを確認したグレンが叫ぶ。
「総員、撃てーーー!!」
その瞬間、大砲とレーザー砲が一斉に火を噴いた。
狙いは、謎の巨大な浮遊物。
けたたましい爆音が連続で響き渡り、煙が上がった。
その直後――
――グヲォォォォォォォォォォッ!!
「っ!?」
「なんだ!?」
地獄に響き渡るかのようなおぞましく低い唸りが海を震わせた。
皆一様に耳を塞ぐ。
そして煙の中で海が盛り上がり、バケモノがその姿を現した。見えていたのは、敵の巨大な背中だったのだ。そこまではフェミリアの手記に書いてある通り。
だが彼らがそれを確認する余裕もなく、
「んなっ!?」
「ぐぅぅぅぅぅっ!」
「みんな! 掴まるんだ!」
滞空していた柊吾とニアだけは、その異形の姿をじっくりと見ることができた。
「これが、ユミルクラーケンだっていうのか……」
全身ざらざらとした灰色の肌。頭部は三角頭巾のような形で憤怒に燃える赤い目を輝かせ、口元にはまるで髭のように無数の細い触手がウネウネと生えていた。
巨大な触腕を胸の前で組み、上半身だけが海上へ露出しているが、その巨体で視界を覆うほどだった。そして周囲に、下半身の一部であろう触手が次々と顔を出す。以前カムラを襲った、先端にトゲ付き鉄球のある触手だ。間違いない。
手記に書いていた通りの見た目ではあるが、想像するのと見るのでは天と地ほどの差がある。
柊吾がもし飛んでさえいなければ、下の騎士たちのように腰を抜かしていたことだろう。
しかし今は考えている暇など、与えられていない。
「――行くぞニアっ!!」
柊吾はブリッツバスターに雷を流しながら、身を奮い立たせ突進する。
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