苦しい長期戦

 ――それからしばらく、地道な攻防が続いた。

 柊吾たちはひたすら触腕を斬り続け、ようやく終わりが見えてきた。ユミルクラーケンの胸の前で組まれている腕二本とも表面の皮膚がパックリと裂け、不気味な濃い紫色の肉が覗いている。

 手応えからしても、もう間もなく切断できるはずだ。

 しかし戦いが長引いたために、ウイングバーニアのカートリッジも充電切れが近く出力が出ない。エーテルもなくなり、隼のバーニアだけで戦い続けるにしても、かなりのリスクだ。柊吾は判断に迷う。

 そのとき、先行したニアが悲鳴を上げた。

 右下を見ると、ニアが血を垂らしながら墜落していくところだった。その周囲には二体の触手。


「ニアっ!」


 柊吾はオールレンジファングを放ち、墜落しかけていたニアの手を掴むと、自分の元へ引き寄せた。

 ニアの背には大きな切り傷ができ、血が溢れ出していた。鉄球のトゲが掠ったようだ。

 

「大丈夫かニア!?」


「うぅぅぅん……へーき、へーきぃ」


 ニアはへへへと力なく笑う。明らかに無理をしている。

 彼女は柊吾の手を離し、翼を広げようとするが柊吾は止めた。

 そして彼女の手を引き、触手の猛攻を避けてカイシンへと飛ぶ。


「柊、くん? 私はだいじょぶだよぉ」


「無理するなって。それに、俺のバーニアももうもたないんだ」


 柊吾たちが甲板の端に着地すると、リンと数人の騎士たちが駆け寄って来た。

 柊吾はリンへ、ニアに回復魔法をかけるよう頼むと、騎士たちへウイングバーニアの充電を依頼した。


「総員、撃てぇぇぇっ!」


 絶好のタイミングでグレンが号令を下す。

 

 ――ビュイィィィンッ!

 ――ドガァァァンッ!


 数々の砲撃は触手とクラーケンの体に直撃し、集中砲火を浴びたクラーケンは苦しそうに唸って僅かにのけぞった。

 時間稼ぎは問題なさそうだ。

 ウイングバーニアを床に置き、騎士に呼ばれて来た魔術師たちが雷魔法で充電を始める。それを柊吾が見守っていると、グレンが駆け寄って来た。


「柊吾、どんな塩梅あんばいだ? ヤツは倒せそうか?」


「はい。あと少しです」


 それを聞いていた魔術師たちが安堵する。

 グレンは「分かった」と頷き、前線の指揮へ戻って行った。

 柊吾が周囲を見回すと、カイシンの被害も決して少なくはなかった。鉄球に叩きつけられたようで、いたるところが凹み、損壊して底抜けているところまである。帆もかなり破れており、見張り台の柱も折れてしまっている。

 船員たちは交代で砲撃し、それ以外はジャックボムというジャックオーランタンの頭を加工した爆弾を投げつけて触手と戦っていた。

 デュラはその力と大盾を活かし、鉄球を真正面から受け止めている。防御のかなめといったところだ。


「――っ!?」


 そのとき、大きな破砕音が響き船が揺れた。

 柊吾が音の発生源を見ると、触手が鉄球を叩きつけていたのだ。

 近くの騎士が慌ててレーザー砲の台座を回し、床へ這いつくばっている触手へ照射。

 直撃を受けた皮膚は溶けて焼けただれ、触手は体を唸らせて頭を持ち上げる。


「そらあぁっ!!」


 そこへすかさずアンが突進し、大斧を叩きつけた。レーザー照射で脆くなっていた部分に直撃し、触手の切断に成功する。


 それから十分と立たないうちに、柊吾は魔術師たちへ告げた。


「そのぐらいで大丈夫です」


「え? し、しかしまだ3割程度しか充電が済んでいません」


「それだけあれば十分ですよ」


 柊吾は問題ないと言うように頷いて、ウイングバーニアを背へ装着してもらう。

 もう長期戦など考えていない。

 次で決めるつもりだ。

 柊吾が噴射テストを済ませ、いざ飛び上がろうとすると、ニアが駆け寄って来た。さっきまでの青白かった顔はすっかり血色を取り戻している。


「ニア? もう治ったの?」


「う~ん。だから言ったじゃん」


 そう言ってニアは楽しそうに笑う。

 リンの回復魔法が凄いのかとも思ったが、おそらくヒュドラの再生能力だ。

 柊吾は納得し、ニアと共に飛び立った。

 同時に、グレンの指示でクラーケンへ放たれていた砲撃が止む。おかげでクラーケンへの道が開けていた。


「よしっ! 行くぞっ!」


 そう言って柊吾が全速力でクラーケン本体へ向けて飛翔した、その直後――

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