クラスB

 柊吾は素材収集を終え転石のあるエリアへと歩いていく。

 転石とは、転送魔法を宿した神秘的な石で、各フィールドと拠点の間を行き来できる優れものだ。その絶大な利便性ゆえ、悪用されないよう教会で厳重に管理されており、討伐隊による新エリア開拓時は、神官も同行し転石を設置して拠点とを魔力的に繋ぐ。

 廃墟と化した村を歩くたび、視界の隅でアビススライムの姿が見える。全身が灰色半透明の不定形モンスターだ。アメーバと言った方が適当な見た目で、目や口などの部位や知性もない。凶霧発生以降、フィールドに大量発生し、生きた人や魔物の死骸などをその液状の体で丸呑みする。もし不意を突かれて飲み込まれれば、体内の消化液で死体も残らない。炎で焼き尽くすしか倒す方法はなく、基本的に素材は回収できないが、稀に体内で消化しきれなかった高ランク鉱石などのアイテムをドロップすることもある。柊吾はミスリル鉱石を入手するため、このモンスターを狩り続けた。何度も大群に囲まれて死にかけたが、命からがら生き伸び、五年かかってやっと手に入れたのだ。

 アビススライムを無視してしばらく歩いていくと、野太い男の悲鳴が聞こえた。柊吾は立ち止まり耳を澄ます。


「……あっちか」


 すぐに魔物の雄叫びも聞こえ、状況を確認すべく肩に担いでいた素材入りのゴム袋を物陰に置いて駆け出した。

 何軒か破壊された家々を越えた先――村の広場のような場所で戦闘が起こっていた。


「……『カオスキメラ』か」


 立ち止まった柊吾の足が震える。クラスBの凶悪な魔獣だ。カトブレパスよりもさらに一回り大きく、上半身から顔にかけてはライオン、下半身から背中にかけてはヤギ、尻尾は六又に分かれ、それぞれ尾の先が蛇の頭になっている。

 見たところ、対峙しているのはカムラの討伐隊だ。立派な甲冑に身を包んだ騎士や厚めのレザーアーマーで素早く動き回る戦士、紺のローブに杖を振るって魔法を打ち出す魔術師の十人編成だ。とはいえ、既に三人は血だまりに突っ伏している。

 柊吾にとって、ここで加勢するのが得策ではないことなど明白だった。


「――くそぉっ! よくもオガを!」


 レザーアーマーに身を包んだ戦士がロングソードを両手で握り駆け出した。同僚の戦士が今、地に倒れ伏しカオスキメラの獅子の牙を突き立てられている。


「があぁぁぁっ!」


「今助けるぞ!」


「待てクロロ!」


 レザーアーマーを装備した若い戦士『クロロ』の前方を走っていた騎士たちが叫び、足を止める。彼ら三人が盾を斜め上に構えると同時に、キメラのヤギの口から青色の火炎ブレスが放射された。


「ぐぅぅぅぅぅ」


 放射が止むと同時に、騎士たちの後ろからクロロが飛び出した。向かう先は食われかけている同僚の元。後方で支援していた魔術師たちの魔法攻撃がキメラへ放たれる。

 しかし炎の魔法も氷の魔法も獅子の顔やヤギの首に命中するがビクともしない。それもそのはず。凶霧発生以降、魔法への耐性ができたのか魔物たちには魔法攻撃が通らなくなった。


「クロロ、上だ!」


 疾走するクロロの頭上に魔物が迫っていた。キメラの尻尾――蛇だ。

 クロロは頭上を仰ぎ、躱しきれないと悟った。そのとき――


「ギィヤァァァァァッ!」


 カオスキメラのヤギが突然叫び、のけぞった。クロロの頭上の蛇は頭を切断され、大きく飛んで広場横のテントへ衝突し砂塵を巻き上げる。

 騎士や魔術師たちが唖然と立ち尽くす中、男はカオスキメラの目と鼻の先で滞空する。


「――援護します」


 足の裏から炎を噴射し、肩に大剣を担いでカオスキメラの眼前で睨みつけているのは柊吾だった。

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