隼の底力

 カオスキメラの獅子が雄たけびを上げ、五体の蛇頭を順々に柊吾へ向かわせる。柊吾は冷静に一体一体の軌道を見極め回避。隙の出来た五体目の首を斬り落とす。


「グオォォォッ!」


 カオスキメラの獅子が短く叫ぶが攻撃の手を緩めず、四体の蛇が方向転換し、柊吾の周囲四方向から一斉に襲い掛かった。


 ――バシュゥゥゥゥゥッ!


 柊吾はバック噴射で大きく後退し避ける。すると、蛇たちはそのまま高度を下げ、ヤギがブレスを放った。

 柊吾はその場で滞空し左腕をブレスへと突き出す。


「アイスシールド!」


 巨大な氷結の盾でブレスを受けるが、その威力はイービルアイのレーザー以上。激戦を前に呆然と佇む討伐隊へ、柊吾は力の限り叫んだ。


「今のうちに負傷者を救出してください!」


「っ! 恩に着るっ!」


 我に返ったクロロが叫び、カオスキメラの足元に倒れる仲間へと駆け寄った。他の騎士たちもそれに続き、その中のリーダーらしき長身の男が叫ぶ。


「魔術班は詠唱を開始! オガの救出が完了次第、魔法をカオスキメラの足元へ放つんだ!」


 紺のローブを纏った魔術師三人が長い杖を頭上へ掲げ、魔力を溜めていく。


(くっ……もう持たない……)


 ブレスを受け続けている柊吾は、魔法を使うための精神力――いわゆる魔力が枯渇寸前。魔装の隼は最低限の魔法で高出力が出せるため燃費が良いが、氷の盾は別だ。ブレスによって氷を削られ続け、魔力を消費して再生させることで、使用限界がどんどん迫る。

 そのとき、


「――っ!?」


 突然ヤギの口が上へと反れ蒼炎の放射が終わった。柊吾が展開していた盾を解いて眼下を確認すると、魔術師三人によって次々に炎魔法が放たれ、カオスキメラの後ろ足の地面を砕いていた。負傷者は既に後方へ運ばれ、三人の騎士がカオスキメラへと向かって駆けている。

 柊吾の魔力残量は残り僅か。もう十分な飛距離も期待できず、氷結の盾を展開する余力もない。だからこそ――


「うおぉぉぉ!」


 全ての魔力を腰の噴射口に込め飛び出した。狙いは、体勢を崩しよろめいているヤギ頭。風を切り、猛スピードで一直線に迫る。

 尾の蛇たちが向かってくるが、身をよじって紙一重で避け、避けきれないものは大剣で切り払う。後方の魔法攻撃が止み、体勢を整えたヤギ頭が再びブレスを口一杯に溜めるが、もう遅い。


「はぁぁぁっ!」


 グレートバスターをヤギの右目の上から振り下ろす。豪快に肉を断ち、一撃で活動を停止したヤギは口に溜めていたブレスを内部で暴発させ、頭全体を蒼の炎で焼く。すぐに黒こげになり、完全に沈黙した。


「や、やった!」

「おおぉっ!」

「すげぇ……」


 カオスキメラの眼前まで迫っていた騎士たちが歓喜の声を上げる。

 だが、まだ討伐には至っていない。


「グオォォォォォォンッ!」


 獅子頭は憤怒の咆哮を上げると、右前足と右後ろ足を一歩引いた。その直後、その場で豪快に一回転する。


「っ!」


 下にいた騎士たちは慌てて盾を構え振り回された蛇頭の打撃を防御。しかし、魔力が底をつきカオスキメラの背に膝をついていた柊吾は、勢いよく振り落とされて宙へ投げ出される。背中から地面へと激突する寸前、彼の体は受け止められた。


「――おい、大丈夫か!?」


 受け止めたのはクロロだった。柊吾は礼を言うと立ち上がりカオスキメラへ目を向ける。

 カオスキメラはその場で大きく跳び退き、まるで目に焼き付けるかのように柊吾を凝視するとすぐに踵を返した。その尾の蛇はこちらを監視しつつ、ゆっくりと歩き去っていく。


「……や、奴が逃げるぞ!」


「構わん! 深追いしたところで勝ち目はないぞ。今は負傷者を町まで運ぶ方が先決だ」


 リーダー格の騎士の諫言で討伐隊は撤退の準備を始める。

 救出された戦士は腹から大量の血を流し瀕死の状態だった。クロロと騎士の一人が両側から腕を回し、慎重に運んでいく。

 柊吾は置いてきた素材を回収しようと彼らに背を向ける。


「助かったよ。見慣れない装備だが、バラム商会の狩人だろう? 街に戻ったら、領主様への戦果報告に君も立ち会ってほしいんだが」


 柊吾に声をかけたのはリーダー格のガタイの良い騎士だった。柊吾としては気が乗らなかったが、後で目をつけられても厄介なので承諾することにした。

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