それぞれの想い

 それから参謀による作戦の説明があり、二十分以内に出撃の準備を整えるよう指示を受けると、騎士たちは各々第二教会へ向かうのだった。

 数十人の勇敢な騎士たちが順々に一階へ降り、駐屯所を出て行く中、クロロはしばらく動かず、壁に背を預けて思案にふけっていた。気持ちの整理をするためだ。

 外に出てからでは、恋人に会いに行こうと体が勝手に動くかもしれない。決意が揺らぐかもしれない。それがたまらなく怖かった。


 しばらくして、クロロを除いた隊員の最後の一人が出て行くのを見届けると、自分も出ようとした。

 だがそれよりも一足早く、この二階に上がってきた者がいた。キジダルだ。

 クロロはすぐさま彼へ道を開け、頭を下げる。そしてなにか悩むふりをして、腕を組み再び壁に寄りかかった。

 キジダルはゲンリュウの姿を見つけると、険しい形相で駆け寄る。


「ゲンリュウ殿、聞きましたぞ! あなた自ら現場に赴くと!」


「なに?」


 ゲンリュウが眉間にしわを寄せ、参謀を見る。

 彼はばつが悪そうに目を逸らすと、黙って視線を下げた。


「どうやら本当のようですな」


「……そうだとも」


「総隊長自ら現場へ行くなど、いったいなにを考えておられる!? グレン殿のように死なれては、カムラはどうなるとお思いか!?」


 キジダルは青筋を立て、激しく捲し立てるが、ゲンリュウはあくまで冷静に言葉を返す。


「今は後のことを考えていても仕方ない。少なくとも、私が戦いに出ようが出まいが、ファランは砲台を完成させ、最終的な判断は領主様がされる。ならば私は、武人としての役目を果たすまで」


「あなたはここで指揮をとるのが仕事のはずだ。現場の指揮は他の者に任せれば良いではないか」


「キジダル殿には分かるまいな……部下たちが命を張るのだぞ? 私だけ安全な場所で、のうのうとしていられるかぁっ!」


 空気が震えた。

 クロロは初めてゲンリュウの怒りを目の当たりにしたが、迫力が尋常ではない。

 その後ろで参謀も顔を引きつらせている。

 しかしキジダルも一瞬怯んだものの、毅然とゲンリュウを睨み返しているからさすがとしか言いようがない。

 クロロはむしろ、彼らのような恐ろしい人間がカムラの上に立っていることに安心感すら感じるのだ。

 しばらくの沈黙の後、キジダルはため息を吐き、とうとう折れた。


「分かった。後のことは任せてください」


「恩に着る」


 クロロはそこまで見届けると、静かにその場を去った。



 クロロは第二教会へ向かう途中で、高台のレーザーカノンが目に入り、足を止めた。

 素人目で見ても、レーザーカノンの据付状態はほとんど完成しているようだ。

 その周囲では、複数の作業員が真剣な表情で目視点検をしている。高台の下では、ファランが鬼気迫る表情で部下たちに次々と指示を出して走らせ、ケーブルが繋がれている大容量バッテリーには、複数の魔術師が雷魔法で充電していた。試射でもするのだろうか。


 カムラの存亡を握る最終兵器は、思っていたよりも形になっていてクロロは安心した。

 これが完成しない限り、第二陣は命ある限りダンタリオンを足止めしなければならないのだ。


「――クロロ隊長」

 

 そのとき、クロロは突然背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのはアインだった。

 自分から声をかけておきながら、複雑そうな表情で目線を泳がせている。


「アイン……」


「申し訳ありませんでした!」


 クロロが咄嗟にかける言葉を見つけられないでいると、アインは突然謝り頭を下げた。


「いきなりどうした?」


「先ほどの招集の件です。僕は、隊を裏切りました。本当に申し訳ありません」


「顔を上げてくれ。俺はお前が裏切ったなんて、思ってないからさ。それはみんなも同じだ。総隊長だっておっしゃっていただろ。お前を必要としている家族がいるんだ。その人たちのためにも、お前は命を賭けちゃいけない」


 クロロは気にしていないと言うように頬を緩め、アインの肩をポンポンと優しく叩いた。

 彼の事情は知っている。

 家ではしっかり者の妹と、まだ小さい弟と妹が帰りを待ち、病に伏した母が待っているのだ。その母は女手一つで子供たちを育て、アインは今度は自分が家族を支えたいと言って討伐隊に入った。以前、そう語ってくれた。


「お前が常に家族のことを考えて行動してるのは分かってる。だから気にするな」


「クロロ隊長……」


「そんな顔すんなって……泣くなっ、謝るなっ、胸を張れっ! お前にはまだ、最終防衛線としてこのカムラを守り抜くっていう役目があるんだからな」


「は、はいっ!」


 アインは返事をすると溢れる涙をぬぐい、クロロの出撃を見送るのだった。

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