生態系の変化

 沼地は未だにどんよりとして息苦しさがあるものの、以前満ちていた瘴気はだいぶ消えていた。

 おかげさまで、今はガスマスクなしでも楽に行動でき、視界は幾分か晴れて灰色の沼地が遠くまで見渡せる。

 相変わらずところどころに数種類の沼が点在しているが、今なら不注意で足を踏み入れる可能性はかなり低い。


「おぉぉぉ~~~」


 興奮を隠せず柊吾の周囲をぐるぐる飛び回っているのはニア。

 思い返せば彼女をここへ連れてくるのは初めてだ。ニアが仲間になってからというもの、彼女には人間の生活に早く慣れてもらえるようにと、メイと一緒に孤児院で手伝うことばかりすすめていた。

 ニアは目を輝かせ、嬉しそうに柊吾へ手を振ってくる。

 

「変な水溜まりがたくさんあるよ~」


「それは毒だったりするから、近づいたらダメだぞー」


「は~い」


 柊吾がニアに気を取られているうちに、メイとデュラは近くに生えている木の根元へ移動していた。

 メイは寂しげに生えている草花の前にしゃがみ込み、分厚い図鑑を両手で開いて見比べていた。

 素材類の写真と詳細を集めた図鑑だ。ど素人の柊吾たちが薬草十種類と言われても、見分けがつかないために必要だった。

 デュラは彼女の護衛として後ろで気を付けの姿勢で静止し微動だにしていない。


「どぉ~~~?」

 

 ニアが間延びした問いをかけながらメイの横に降りる。

 そして自分もしゃがみ込み、草花をじっくりと眺めた。

 そこには変色した草や真緑の草、綺麗なピンク色の花など色々と生えていた。


「どれも毒はなさそうですね。採っていきましょうか」


「は~い」


 ニアが無邪気に返事をする。

 おそらく、メイが鑑定してデュラが採取する手筈だったのだろうが、デュラが腰を落として手を伸ばしたときには、既にニアが手あたり次第に引っこ抜いていた。

 野生児恐るべし。


「二、ニアちゃんっ!? いくら毒がないからって危ないよ」


「そぉなん~?」


 ニアはなにが悪いのか分からないといった風に首を捻る。

 デュラがアイテム袋を広げてニアの前に差し出すと、ぽいっと手元の草花を入れた。

 メイの言う通り、引っこ抜いたのがもし植物系の魔物マンドラゴラだったら、奇声を上げられて魔物たちを呼ばれかねない。

 しかしニアの無鉄砲な行動は想定の範囲内。特に気にすることなく柊吾は問う。


「メイ、何種類あった?」


「おそらく四種類です。一つだけは図鑑にも載っていなかったので、確定とは言えませんが……」


「まだ発見されたことのない薬草ってことか。そんなのがまだあるなんて意外だな」


「おそらく、瘴気が止んでから新しく育ったのかと」


 柊吾はなるほどと納得する。

 状況の進展によってフィールド上の生態系が変わるのは当然のこと。もしかすると他のフィールドも大型モンスターを倒してから変化があるかもしれない。


「これあげる~」


「へっ?」


 ビックリして振り向いたメイの頭には青色の一輪の花が乗っていた。

 ニアが手元に残していたものをこっそり挿したのだ。


「可愛いよ~。ねぇ? 柊くん」


「あ、ああ。そうだね」


 柊吾は最初驚いたものの、口の端を緩めて頷き、デュラもうんうんと頷いていた。

 青い花はメイのおしとやかな雰囲気によく似合っている。

 こうしてみると、メイとニアは仲の良い姉妹そのもので微笑ましい。


「あ、ありがとうございます」


 メイは恥ずかしそうに口元をほころばせて下を向く。

 ニアは「えへへ~」と満足そうに笑い、


「じゃあ次行こうよ~」


 と、翼を広げて先へと進むのだった。

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