疫病

 それからハナは用事があると言って先に鍛冶屋を出た。


「――それで、例の聖女フェミリアについては調べがついたのか?」


「いいや。あれから領主様のところの書庫で調べ続けてるけど、これといって有用な情報はまだない。一つ分かったのは、『聖女』という存在がある聖域で神の加護を受けた者のことを指すらしいってことだけだ」


「ある聖域? それはどこのことだ? それに加護っていうのは?」


 手がかりになりそうな情報を聞き、柊吾が身を乗り出す。

 しかしシモンは苦い表情で首を横へ振る。


「聖域の場所も、加護の内容も、なにも分からないんだよ」


「そうか……」


 柊吾は目に見えて落胆し肩を落とす。

 謎の手記には、目撃されたことのない魔物の情報までぎっしりと詰まっている。だから、その持ち主と思われる聖女フェミリアが凶霧の詳細について知っているに違いないのだ。だからこそ落胆を隠せない。

 そんな柊吾を見てシモンもため息を吐くが、すぐに頭に疑問符を浮かべた。


「そういえば、それを確認するためにここに来たのか?」


「ん? あっ忘れてた!」


 柊吾はパッと顔を上げると、腰のポーチから一枚の設計図を取り出す。

 ハナとの再会や聖女のことに気を取られてすっかり忘れていたのだ。

 柊吾はようやく本題に入った。


「この装備を作って欲しいんだ」


 シモンはまたどんな無茶ぶりをされるのかと、眉をしかめながら設計図を受け取る。

 それを真剣な表情で食い入るように見ていると、彼の目が徐々に見開かれていった。


「おいおい、これって――」


 

 それから数日後、柊吾たちは前回の戦いで消耗した装備の修理と消費したアイテムの補充を済ませ、久々のクエストに出ることにした。最近は「設計士様」とちやほやされて忘れがちだが、本業はハンターだ。あまりサボっているとクラスを落とされかねない。とはいえ、クラスBなど目立つからあまり好きではないのだが。


 柊吾は紹介所の掲示板で適当なクエストを選ぶと、発注書を受付のユナに渡す。

 ユナは左右のハーフツインを揺らしながら愛嬌のある笑みを浮かべた。


「あっ、柊吾さん! お疲れさまです」


 末っ子のユナは、姉二人とは違って活発な性格で、柊吾と話すときは特に楽しそうに表情をコロコロ変える。初対面のときは事務的な対応だったが、最近は気を許してくれているのだろう。

 女の子に話しやすい相手だと思われていることに、柊吾は内心で歓喜していた。

 柊吾も頬を緩めながら挨拶を返す。


「ユナさん、こんにちは。クエストの説明を頼めるかな?」


「はいっ。えっと……フィールドは沼地で、クエストの目的は十種類以上の薬草の採取です。依頼主様は教会の医師をされている方で、『新種の疫病えきびょう』の特効薬を探すことが目的のようです」


「疫病?」


 柊吾は思わず聞き返した。新種の疫病が発見されたなんて知らない情報だ。不穏な単語を聞き逃すわけにはいかない。

 ユナは「そうなんです……」と真剣な表情になって説明を始める。


「つい数日前、今までにない新種の疫病が発見されたみたいなんです。患者はまだ数人ですので、感染力は不明ですがどうも既存の処方薬では効きが悪いみたいなんですよ」


「それで手あたり次第に薬草を集めてるってことか」


「はい。実際、沼地以外にも洞窟や竜の山脈なんかでも採集依頼を出されていて、今は他のハンターの方が挑まれているところなんですよ」


「新種の疫病かぁ……良い薬草が見つかるといいけど」


 柊吾が眉間にしわを寄せ、表情を曇らせる。デジャブを感じるのだ。転生前の現代でも、新種のウイルスが原因で世界中が大変なことになった記憶が微かに残っている。

 その詳細を思い出そうと、物思いにふけっていると、メイとニアが心配そうに左右から顔を覗き込んできた。


「お兄様? どうかされましたか?」


「柊くん~? 悩みごとだったら、私に相談してよ~」


 柊吾はハッと我に返ると、「大丈夫だ」と言ってクエストの受注手続きを済ませた。


「柊吾さん、お三方もお気を付けて行ってらっしゃいませ」


 ユナの見送りを受けて柊吾、メイ、ニア、デュラの四人パーティーは沼地へ向かうのだった。

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