忍び寄る悪意

「――それでは、失礼いたします」


 キジダルがヴィンゴールの執務を後にする。

 時刻は夜。

 ヴィンゴール、バラム、キジダルの三人は様々な議論を交わした。

 目下の問題は二つ。一つは、不安で夜も眠れない領民たちの恐怖をどのようにして取り除くのかということ。もう一つは、先日の損害で多くの隊員を失い、総隊長も空席の討伐隊をどうするのかということ。

 一つ目は、魔物の調査と一刻も早いカムラの復興という曖昧な方針しか示せず、有効な打開策は未だ模索中。

 二つ目は、ヴィンゴールの側近を討伐総隊長へ就任させるという結論で変わりなかった。そして、新たな側近には柊吾を任命したいというヴィンゴールの意思とバラムの推薦により、それも確定となった。


「――バラムめ、よくやるわ」


 キジダルは階段を降りながら顔に深い皺を作り、忌々しそうに低く呟いた。バラムの腹積もりは読めている。自分の扱いやすい人間を領主の側に置くことで情報をいち早く入手し、商売に繋げるつもりだ。もしかすると、バラムの意向をそれとなく伝えさせ暗躍しようと目論んでいるのかもしれない。そう考えると的確な人選だ。

 キジダルは以前、側近の噂を聞き不公平だと抗議に来たクラスBハンターたちを思い出す。確かにあの荒くれ者たちでは、バラムも御しきれないのだろう。

 キジダルとしては、いくら成長が著しいからといって経験が乏しく、得体の知れない者をカムラへ連れ込むような人間を領主の側に置いておきたくなかった。しかし、それが決定なのであれば妥協せざるを得ない。


「――キジダルさん!」


 キジダルが領主の館を出てすぐに駆け寄って来たのは、クラスBハンターの『ガウン』だった。彼は筋骨隆々の肉体をカトブレパスの灰色の毛皮で包んでおり、逆立つような短髪は整髪料でテカテカと光っている。長身で逆三角形の体格をしており、クラスBハンターとしての迫力は十分だ。彼の後ろにはガラの悪いクラスCハンターが三人、腕組みをして威圧感を出している。

 キジダルは険しい表情で忌々しげに言った。


「なんのようだ?」


「領主様の新たな側近の件、どうなったんですか?」


 キジダルは内心舌打ちする。なぜ部外者のガウンがこの会議のことを知っているのか、一体どこから情報が漏えいしているのか、考えただけで腹立たしい。だが、以前も他のクラスBハンター含め問いただしたが、噂を聞いただけの一点張りだった。

 キジダルは苛立ちを隠さず言い放つ。


「もう決まった。そなたの出る幕はない」


「んなっ!? まさか、あのもやし野郎に決定したんじゃ……」


 もやし野郎とは柊吾のことだ。彼らは新参者で大した覇気もない彼が出世することが我慢ならないらしい。しかし、そんなことはキジダルに関係ない。

 キジダルはガウンを無視し歩き出そうとする。

 だが、次のガウンの呟きに足を止めた。


「領主様は、あいつが魔物を呼び込んでいることをご存知なのだろうか……」


「……どういうことだ?」


 キジダルはピタッと立ち止まり背後を振り向く。

 すると、ガウンは獲物がかかったとでも言うように、口角をニィと吊り上げた――


 ――――――――――


 その日、柊吾はヴィンゴールの館に呼ばれた。

 ついに来たかと少しばかり緊張する。側近の話は丁重に断ろうと思っていたからだ。

 デュラは討伐隊と共に材料採集に出向き、メイとニアが炊き出しの手伝いに出かけるのを見送ってから、柊吾はヴィンゴールの館へ出向いた。


「――面を上げよ、加治柊吾」


「はい」


 領主の立つ深紅の絨毯の脇には、討伐隊の幹部が並んでいた。大隊長、技術長、総務局長、広報長官、参謀、総隊長、バラム、キジダルが絨毯の左右に四人ずつ並ぶ。

 以前ヴィンゴールの横に立っていた厳つく勇ましい男は、今は幹部の奥、討伐総隊長としてキジダルの横に立っている。ヴィンゴールの側近は右後ろに一人だけだ。

 早々たる顔ぶれに囲まれたヴィンゴールが厳かに告げる。


「そなたを呼び出したのは、ハンターとしての実力を見込み、我が側近に任命したいと考えたからだ」


 柊吾は緊張に息を呑む。ヴィンゴールは断ることは許さないとでも言うような、据わった目をしていた。もし断りでもしたら激昂しそうな雰囲気だ。 

 討伐隊の幹部に並んで奥に立つバラムも、当然というようににこやかな表情を浮かべている。

 ここが正念場だ。

 柊吾はヴィンゴールの目をしっかりと見つめ、返答する。


「それについては――」


「――お待ちください」


 柊吾の言葉の途中で急に割って入ったのは、キジダルだった。

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