不穏な影
マーヤは今の状況について、柊吾へ語り始めた。
数日前の魔物襲撃によって、教会で管理していたこの南西地区はほぼ壊滅した。第一教会、孤児院、畑、診療所など。ただ、孤児院の北に作っていた銭湯だけは、メイとニアの奮闘もあり守られた。今は、この銭湯を無料で開放しており、人々の荒んだ心を癒す唯一の拠り所になっているのだそうだ。
寝床を失った人々は、主に広場とこの教会管轄の地区に寝泊まりし、領主とバラム商会の補助金を得て、教会と討伐隊で炊き出しを行っている。
幸い、紹介所の横にある第二教会は無事なため、教徒たちの多くはそこへ移り様々な復興支援の仕事を請け負っているようだ。
「受けた被害は確かに大きいですが、これで済んで良かったと考えなければなりません。不幸にも亡くなった方々のご冥福を祈り、私たちは辛くても生きねばならないのですから」
「シスターマーヤ……」
柊吾は神妙な面持ちでマーヤの言葉に感じ入る。
彼女は全てを話し終え、メイたちの方へ目を向けた。
柊吾も目を向けたそのとき、不穏な雰囲気を感じとった。
「シスターマーヤ、あれはどういうことですか?」
柊吾の声に困惑が現れる。
マーヤも柊吾の聞きたいことは分かっていた。
地べたに座って黙々と食事をする人々の中に、メイとニアへ不穏な視線を向けている者が何人かいたのだ。その瞳には、憎悪や憤怒が宿っているように見える。
「……良くない噂が流れているようです。ニアさんは竜人の力を使って敵に立ち向かってくれました。メイさんは、常人の域を超えるアンデットの身体能力で敵を攪乱してくれました。でもそれが、一部の人に不信感を与えてしまったようなのです」
「そんな……」
「この状況では仕方ありません。彼らにも心に余裕がないのです」
そうは言っても納得はできない。もし彼らの憎悪と怒りの矛先が彼女たちに向いてしまったらと考えると、柊吾はたまらなく怖かった。
「もし、なにかあったときは……」
「安心してください。そのときは私がこの身を挺してでも、彼女たちを守ります」
「よろしくお願いします」
柊吾は深く頭を下げ、メイとニアの手伝いもそこそこに去って行った。
柊吾は次にシモンの鍛冶屋へ足を運んだ。
柊吾が暖簾をくぐってすぐに、シモンが丸椅子から立ち上がる。
「柊吾! やっぱり無事だったか。メイちゃんとニアちゃんもよく無事で……デュラはどうした?」
「討伐隊からの依頼で、外へ出て生活支援や復興に必要な材料を集めに行ってるよ。シモンは大丈夫か?」
シモンは相変わらず灰色の法衣と包帯のような布で身を包んでいるが、やつれているのが丸分かりだった。元からダボダボだった服のサイズがさらに合わなくなっている。
「バラム商会も臨時の増税で利益の大半を寄付してるから結構厳しくてね。まあ、屋根があるだけましなんだろうけど」
シモンは肩をすくめる。
普段通りのシモンの言動に、柊吾は安心した。
「ところでシモン、海の魔物についてなんだけど……」
柊吾が話し始めてすぐにシモンは首を横に振った。
「分かってる。俺だってすぐに調べたさ。でも、あれの情報はこの手記にも書いてなかったんだよ」
シモンは手に持った手記を柊吾の横にある机へポイと投げた。
「ダメか……」
「ああ。いつ襲われるかも分からない。敵の正体も分からない。そりゃあ誰だって不安になるさ。けど、君は自分の心配をした方がいいぞ」
「どういうことですか?」
真っ先に聞き返したのは静観していたメイだった。ニアは興味津々に店内を歩き回っているので聞いてすらいない。
「噂だよ。領主様が柊吾を側近にしたいと言ってる」
「それなら以前、掲示板で見たさ。でも、今のこの状況でその話が進むとは思えないけど」
「それは甘いよ。彼らはボロボロになっている現状を変えたいと思っている。だから隊内の体制をしっかり固めて、カムラの復興に取り掛かろうっていう方針さ。そんなところに放り込まれてもみろ。一体どんな責任を押し付けられて、領民の怒りを買うはめになるか分からないぞ」
柊吾はハッとした。シモンの言ってる内容は、昔読んだ小説でもあった話だ。セオリー通りにいけば、領民の恐怖を怒りと憎しみにすり替えるための生贄にされかねない。
とはいえ、ヴィンゴールがそんなことをするとは思えず、柊吾は心に留めておく程度にしようと思った。
不安そうに手を握るメイに大丈夫だと呟きシモンへ答えた。
「忠告感謝するよ。領主様の側近には絶対にならない」
「そうしてくれ」
柊吾はしばらく、シモンと直近の情報を共有し鍛冶屋を出た。
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