一触即発
「……なんのつもりだ」
柊吾へ目を向けた討伐隊長が眉をしかめ怒気を発する。周囲の隊員たちも警戒心と苛立ちを
柊吾は剥き出しの敵意に怯まず気丈に答える。
「待ってくれと言ったんです」
「恰好から察するに、ハンターか。お前も今のを見ていただろう? この少女の本性は魔物だ。一体なにを待つ必要がある?」
「ち、違う……」
少女は悲痛な涙を流しながら「違う、違う」と、か細く呟いている。
「彼女の正体なんて俺には分かりません。でも、年端もいかない少女を大人が寄ってたかって殺そうとするなんて、見過ごすわけにはいきません」
「そんなものは偽善だ」
柊吾と討伐隊長は静かに睨み合う。
するとようやくクロロが立ち上がった。
「あ、あんたはあの時の!」
「クロロ、お前の知り合いか?」
「い、いえ。知り合いと言うほどではありませんが、以前カオスキメラの撃退に尽力してくれたハンターです」
「なに? 噂に聞く赤毛のハンターか。どうりで見ない装備なわけだ」
隊長は少し興味を持ったように、柊吾の全身を見回す。
やや緊張感が緩まったのを感じた柊吾は、ゆっくり少女に歩み寄った。少女は怯えたように震えているが、逃げようとはしなかった。柊吾が守ってくれることに期待しているのかもしれない。
「とにかく、彼女はカムラに連れて帰りましょう。なにかの手がかりだって持っているかもしれませんし」
「ダメだ。もし町の中で彼女が暴れたらどうする? それで死傷者が出てもみろ。その責任は一体誰がとると思っているんだ!?」
隊長は有無を言わさず両手剣を中断に構えた。長さは通常の騎士が持つロングソードと同等だが、刃幅はその二倍はあり重量感がある。討伐隊の隊長が主に使うのは、この『クレイモア』だ。
柊吾は内心舌打ちした。この男はなにかあったときのことを恐れているのだ。責任の伴う立場である以上仕方のないことだが、これでは話が先に進まない。
(くそっ、この世界で保身なんてしても先は見えないというのに……)
他の騎士二人も槍を構え、魔術師二人は後方で魔力を溜め始める。クロロも眉を寄せ複雑そうな表情をしたが、剣を上段に構えた。
一色触発という空気だ。
「これは最終通告だ。そこをどけ」
「嫌です」
「……かかれぇっ!」
隊長が叫び、騎士たちは少女をかばう柊吾へと武器を振るう。
小さく悲鳴を上げて目を伏せる少女を守るべく、柊吾は背の大剣に手をかけた。しかしそれを抜く前に、デュラが間に入った。
ヒュンッ!と鋭い風切音を響かせ、ランスを真横に薙ぎ払う。その鋭く細い一閃は、騎士二人の胸当てを強く打ち付け突き飛ばし、隊長は咄嗟にクレイモアの刀身で防御するも反動で後退した。彼らの後方で駆け出していたクロロもすぐに足を止める。
「こいつぅっ!」
後方から大きな炎の塊が飛んでくるが、デュラはアダマンシェルで防ぎ切った。
柊吾は目の前で盾を構えているデュラの肩をポンポンと軽く叩く。
「ありがとう、助かったよ」
「…………」
デュラは横顔を柊吾へ向けゆっくり頷いた。
柊吾はすぐに膝を折って怯える少女に目線を合わせると、穏やかな表情で微笑みかけた。
「君、大丈夫かい? 怪我はない?」
少女は潤ませていたその紅い瞳で柊吾の目をジッと見つめると、こくりと小さく首を縦に振り、小さくて可憐な口を開いた。
「……あっ、ありがとぅ……ございます……」
「……どういたしまして」
少女がしっかりと言葉を発したことに驚いた柊吾だったが、表情に出さないように微笑んだ。すぐに立ち上がると、討伐隊の方へ向く。
「聞け、ハンターよ。これは明らかな反逆行為だ。領主ヴィンゴール様の管轄である討伐隊に敵対するということは、カムラの敵に回るということだ。覚悟は出来ているのだろうな?」
隊長が険しい表情で告げると剣を上段に引き、剣先を柊吾へ向けた。デュラも負けじと柊吾を守るように盾を構え、ランスの穂先を隊長へと向ける。
「待ってデュラ」
柊吾はデュラの横から一歩前に出て、隊長と向き合った。
「今ここで争っても、互いに無意味な損害を出すだけです。それに俺たちは討伐隊を敵に回したいわけじゃない。ですので、俺たちを領主様の元へ連れて行ってください。弁明はそこでします」
「なにを言うかと思えば……ふんっ、そんなことできるわけないだろ。我々に牙を剥いたのだ。お前たちがヴィンゴール様に危害を加えないという保証がどこにある?」
「違います。俺たちは攻撃されたから身を守ったに過ぎない。これは正当防衛であって敵対行為ではありません。自分の身に危険が迫らない限り、武力を行使しないことを誓います。ですから、俺たちハンター二人とこの少女をどうか領主様の元へ」
柊吾の必死な提案に、隊長は眉を寄せて黙り込む。判断を迷っているのだろう。実力は柊吾たちの方が上。であれば、このまま敵に回すよりも一旦彼らの要望を聞き入れ、もっと上の人間に判断を仰ぐべきではないかと。
次に沈黙を破ったのはクロロだった。
「隊長、彼は討伐隊を援護しカオスキメラを撃退したことで、ヴィンゴール様も少なからず関心を抱いています。それに、バラム会長の推薦でハンタークラスも上がったそうです。ここは一旦カムラに連れ帰った方がいいのではないでしょうか?」
「……分かった。では彼らが逃げないようにしっかり見張っておけ。こんなところに拘束具などないからな」
「はい」
隊長は柊吾に一言「ついて来い」と言うと、踵を返した。交渉はなんとか成立したようで、柊吾は安堵に胸をなでおろす。
クロロに礼を言うと、彼は照れくさそうに笑った。
「礼なんていらないさ。助けてもらったのは俺も同じだからな。あのとき、結局『オガ』は死んじまったが、最期に家族や友人たちと会わせてやることができた。あんたのおかげだ」
柊吾はなんだか不思議な感覚に陥った。悲しい話のはずなのに、どこか満たされているような例えようのないふわふわとした気持ちだ。
クロロは表情を切り替え、柊吾に討伐隊の後ろを行くよう告げる。
「さあ、急いでくれ」
柊吾は頷くと、
気品を感じさせる上質な衣服は転んだりしたのか、ところどころ砂で汚れてしまっていた。少女は心細そうに柊吾の左手を握り返す。
「大丈夫だよ。俺を信じて」
「……は、はい……」
少女は蚊の鳴くような小さな声で返事をすると、柊吾と共に歩き出した。
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