仇討ちの終幕

 やがて視界が明けると、柊吾もベヒーモスも倒れていた。


「ガウゥ……」


 ベヒーモスがのっそりと、体をガタガタ揺らしながら立ち上がる。そして柊吾へ目を向けると、今にも倒れそうな息遣いで足を引きずりながら歩き出す。その角には雷は宿っておらず、先ほどまでの覇気も残っていない。


「……くっ、そ……」


 柊吾もなんとか片膝を立て、大剣を地面に突き刺し支えにして立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。悔しさに顔を歪めるがベヒーモスはどんどん近づいて来る。

 しかし――


「――ベヒーモス、覚悟っ!」


 ベヒーモスの横からハナが斬りかかった。デュラとメイは柊吾の目の前に立ち、柊吾をかばうようにしてハナの戦いを見守っている。

 弱りきったベヒーモスの肉体には、容易く刃が通った。ハナはベヒーモスの右前足を腕の関節部から綺麗に斬り落とす。


「ガウゥンッ!」


 ベヒーモスはガクンと体勢を崩し、頭から地面に倒れ伏した。その目の前には太刀を握りしめ、仁王立ちするハナ。


「この時をただひたすら待ち侘びていた」


 ハナは感慨深そうに呟くと、太刀を頭上にかかげる。

 そして、ベヒーモスに止めを刺した。憎しみに囚われた闘いに終止符を。


 ーーーーーーーーー


 柊吾たちがカムラへ戻り、ベヒーモス討伐の報告をすると噂はすぐに広まった。「ハナが仲間を引き連れ、見事ベヒーモスを討伐した」という噂が。


「――一体どういうことですか!?」


 数日後、バラムの執務室でハナが声を荒げていた。

 柊吾、ハナ、メイ、デュラの四人はベヒーモス討伐の功績を称えるということで、バラムから直々にお呼びがかかったのだ。

 バラムはハナの憤りに怯むことなく聞き返す。


「なんのことだね?」


「噂のことです。なぜ私がベヒーモスを討伐したことになっているんですか!? ほとんど柊吾くんの手柄なのに、彼らの名前は公開されてすらいない」


「ああ、そんなことか」


 バラムは特に悪びれもなく涼し気な表情で聞き流す。それがハナの神経を逆撫でした。

 噂を流した張本人がバラムであることは、柊吾も予想はしていた。そしてそれが、柊吾たちを助けるためであることも。だから柊吾はハナの怒りを鎮めようと割って入る。


「いいんだハナ。俺たちはできるだけ目立ちたくない。だからバラム会長はハナを隠れ蓑にして俺たちへの注目を逸らしたんだと思う。その理由は分かるだろ?」


「そ、それは……」


 ハナは口ごもり、チラチラとメイとデュラを見た。

 畳みかけるようにバラムが口を開いた。


「その通りだ。二人の正体が町で広がるのはできるだけ避けたい。だから負う必要のないリスクはできるだけ避けるようにしている。釈然としないだろうが、今回は一役買ってくれ。柊吾くんのためにも」


 バラムが丸い顔に柔和な笑みを浮かべるが、元々が悪人面であるため、なにか企んでいるようにしか見えない。

 しかし「柊吾のため」と言われてはハナも反論ができなかった。


「わ、分かりました……」


 ハナは柊吾の方をチラチラ横目で見ながら渋々といった様子で承諾する。

 その後、バラムも柊吾たちに謝礼なしにするつもりはないと言い、かなりの額の報奨金を渡した。

 柊吾としては噂のことも、金のことも正直どうでも良かった。それよりもただ、強大な敵を倒したという達成感が柊吾を満たしていた。


 バラムの執務室を出た後、柊吾はメイとデュラを先に帰らせ、自分はハナと共にテオの墓に来ていた。

 カムラの墓地は孤児院のさらに南にあり、教会で管理している。

 静かで優しい風の吹く中、ハナは膝を折り、テオの墓石へ語り掛けていた。


「……やったよテオ。お姉ちゃんはベヒーモスを倒したんだよ。だからテオ、あなたは安心して眠っていいの」


 ハナはそう言って般若の仮面を墓石の前に置く。それはハナが頭に付けているものとは雰囲気が違っていた。妖艶な狂気が宿っているハナの仮面に対し、それは荒ぶる覇気を宿していた。


「それは……」


「うん、テオの。本当はこれも使ってベヒーモスと戦おうと思ってたんだけど、テオを無理やり戦わせているような気がして、どうしても使えなかった」


「そうか……多分、それで良かったんだと思う」


「え?」


「俺だったら、身を挺してまで守った人に戦ってほしくない。だからもし、自分の残した力を使ってなお、戦うのなら、それを残したことを後悔すると思うんだ」


「……そう、かもね」


 ハナは立ち上がり、ゆっくり柊吾へ振り向いた。


「でも、もう大丈夫だよ。テオとあなたに救ってもらったこの命、これからは私自身のために使うよ」


「ああ!」


 柊吾は力強く頷く。


「ありがとう、柊吾くん!」


 ハナの笑みは、これまで失ってきたものを取り戻したかのように、輝いて見えた。

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