バラムの期待

 柊吾がカムラ村の東にある家へ戻ると、日はすっかり暮れていた。ここは一般市民の家が集まっている住宅街だ。とはいえ、別に何階層もある建物が集まっているわけではなく、一階建ての屋根つきボロ家が無数に集まっているだけだ。中は四畳~六畳といった広さで、柊吾の家は四畳だ。

 柊吾は近くの公衆浴場で汗を流すと、しばらく素材や情報の整理をしてベッドに横たわった。真っ暗な天井を仰向けに見ながらポツリと呟く。


「モンスターイーターか」


 大好きだったゲームだ。今でも数多くのモンスターや武器を思い出せる。そして似ていると思った。この世界も。だからこそ、有用なアイテムや武装のアイデアが浮かんできた。それも、前世での技術者としての経験と、この世界でひたすら学んだ魔術の知識があったからこそ、開発にまでこぎつけたわけだが。


「……天職、なのかもな」


 絶望しかなかった心には今、少しばかりの喜びと興奮が湧いていた。懐かしい感覚だ。思えば、誰だって新しいことには苦労するもの。そこで決して諦めず努力を続けることで、それまでの自分の知識や経験が複雑に重なり、新たな能力に目覚める。柊吾は今、成長し新たな自分と向き合っているのだ。

 だからこそ――柊吾は希望を抱いて明日へと眠る。


 それから二日後、柊吾の家に一通の手紙が届いた。

 紹介所のユリからで、内容は『イービルアイの巨眼の確認がとれたから、報酬を受け取りに来てほしい』ということだった。

 柊吾はいつも通り、無地の長袖黒Tシャツに伸縮性の優れた長ズボンという軽装で家を出る。

 実際にフィールドへ出るときは、袖も裾もバーニア噴射で破れるため、レザーアーマー、腰の下はタイツで腰には武者のような腰当てを装備する。

 十数分ほど歩いて紹介所へ到着する。


「「「おはようございます」」」


 柊吾は綺麗に重なった挨拶に「お、おはようございます」と返し、一番右に立つ受付嬢『ユリ』へ要件を告げる。


「お待ちしておりました。二階でバラム会長がお待ちです」


「……はい? 俺は報酬金を受け取りに来たんですけど……」


 柊吾はユリの発言の意図が分からず困惑する。しかしユリはにこやかな表情を崩すことなく事情を説明する。


「先日のカオスキメラ撃退の件で、バラム会長がカジ様に是非お話を伺いたいとのことです。報酬についてはその後、お渡ししますのでご了承くださいませ」


「は、はぁ……」


 柊吾は少しばかり辟易しながら、ユリの後ろを追って階段を上る。この感覚は、会社でお偉方になにかしらの報告をするときの緊張に似ていた。なぜ、カムラで二番目に権力を持つ男に会わなければならないのか、サッパリ分からない。柊吾の胃は急に不調を訴え始めた。

 二階へ上ると、奥にある部屋の扉をユリがノックする。


「……どうぞ」


「失礼いたします」


 扉を開け恭しく頭を下げたユリに続いて柊吾も挨拶する。部屋に入ると、奥の机で書類にサインをしていた肥満体型の男が顔を上げ、羽ペンを机に置いた。


「バラム会長、ハンターのカジ様をお連れしました」


「おぉ、そうじゃったか。ユリ君は下がっていいぞ。ご苦労じゃった」


 ユリは深く頭を下げると、よどみない所作で歩き去った。この権力者を前にこうも淡々としていられるとは、彼女もただ者ではないのかもしれない。


「どうしたのかね? カジ・シュウゴくん」


 柊吾は我に返り慌ててバラムの机の目の前まで歩み寄る。すると、バラムも頬を緩ませながら立ち上がる。

 彼は愛嬌のある丸い顔に、鼻の下にくるんとカールした髭を生やしていた。背は低く腹はずんぐりと出ており、腕や首にはキラキラと輝く高級そうな装飾品を身に着けている。いかにも悪の親玉と言った風貌だ。その証拠に、常人とは異なる威圧感を放ち、鋭い眼差しで柊吾を見つめている。


「お、お初にお目にかかります。クラスDハンターのカジ・シュウゴと申します」


 柊吾は胃の悲鳴を無視しながら無理やり頭を下げる。


「ふむ、そうかしこまることはないぞ。君を呼んだのは、あのカオスキメラを撃退したハンターがいるという噂を聞いたからじゃ。巨大な大剣を振り回し、勇猛果敢にモンスターへ突貫する赤髪の青年……まあ、想像とは少しばかり異なる印象じゃが、事実は変わらん」


 バラムが「くふふふ」と小さく笑う。いつの間に噂が流れていたのだろうか。その割にはここ数日、周囲の注目を帯びている感じはなかった。


(いやまあ、噂の人物がこんな覇気のないもやし野郎じゃ気付かないか)


 柊吾は自虐で苦笑する。

 しばらく朗らかな表情で談笑していたバラムだったが、急に真面目な顔になった。


「ところでカジ君よ」


「は、はいっ」


「君はなんのために戦う?」


「そ、それは……」


 柊吾は言葉に詰まる。この世界に来て初めての問いで、今までで一番重い問いだった。本当は元の世界へ還る手がかりを探すためではあるが、それを言うわけにもいかない。だからと言って、金だ名誉だなどというつまらない回答は許さないと、バラムの目が告げている。

 だから柊吾は答えた。


「この世界の果てを見ることです。凶霧の全貌をあばき、この世の秘密を解明するために戦い続けます」


 バラムは柊吾の目を強く見つめ、小さく唸った。そして、まるでこの部屋に暗雲が立ち込めるかのように、圧倒的なまでの覇気を身に収束させていく。


「それは、我々残った人類の総意でもある。領主様の討伐隊でもなく、我がバラム商会でもなく、シスターの教会でもなく、君がそれを成し遂げると?」


「……はい」


 その一言を聞いたバラムは瞠目し、すぐにその重苦しい気配を霧散させた。満足げに「ガハハハハ」と大声を上げて笑い出す。

 柊吾はスッキリした顔をしていた。どこか清々しかった。すべきことを実際に口に出すことで身の引き締まるような思いだ。


「分かった。君には大いに期待するとしよう。カジ・シュウゴ君、今日から君はクラスCハンターだ」


 バラムはそう宣言すると、机の一番上に置いてあった書類を柊吾へ渡す。それは、柊吾のクラスアップ推薦書だった。バラムのサインが既に入っている。


「じ、自分がですか!?」


 それは思ってもみない話だった。クラスDで行けるフィールドはせいぜい『廃墟と化した村』ぐらいだ。クラスCになれば、新たなフィールドへの移動権限が与えられる。クラスアップなど、そうそう受けられる話ではなく、またとないチャンスだった。


「なにか不満かね?」


「い、いえ、滅相もない。謹んで受けさせて頂きます」


「うむ、期待しておるぞ」


 柊吾は最後にもう一度礼を言い、深く頭を下げるとバラムの執務室を後にする。

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