悪化していく戦況

「――まだかっ!? 砲台はまだ完成しないのか!?」


 ハンターの一人が苛ただしげに叫びながら、墜落してきたアラクネの羽を斬り落とす。

 さらに近くにいた騎士が駆け寄り、追撃を食らわせてアラクネを仕留める。

 第二陣の疲労はピークに達していた。

 ダンタリオンの足止めには成功しているものの、それでも徐々に押され、転移石まであと数十分というところまで追いつめられている。

 キルゲルトの特攻で、ダンタリオンの顔面にわずかな傷を負わせることはできたが、追撃できる者などいない。ハナでさえも足場が悪く近づけないのだ。

 それでも騎士たちは諦めず、戦い続ける。


「まだまだぁっ!」


 己を奮い立たせ必死に戦う騎士たちの姿は、ハンターたちの目には異常に見えた。

 この状況でなぜ、士気が下がらないのか、怖気づいて逃げ出さないのか、不思議で仕方ない。彼らの原動力はいったいなんなのか。

 クラスCハンターの一人が、足を止めエーテルを飲み干した騎士に問う。


「おい、こんな絶望的な状況で、あんたらはどうしてそこまで戦える?」


「は? そりゃお前……俺の上司がクロロさんだからだ」


「どういうことだ?」


 当たり前のように答えた騎士だが、ハンターには理解できなかった。

 騎士が黙ってクロロの方へ目を向けると、ハンターもその視線を追い、その姿を見て思い出した。その男が設計士の処刑をギリギリのところで止めた、カムラの有名人だと。


「あの人となら、一緒に死んでもいいって思えるんだ」


 騎士は目を細めてそう言うと、ヒートソードに魔力を流して握りしめ、奮闘している仲間たちの元へ駆け出した。


「……そうかい」


 だがやはり、ハンターにはその気持ちは分かりそうになかった。



「――はっ!」


「――おらぁぁぁっ!」


 クロロがヒートソードで次々魔物を切り伏せ、アンが大斧を豪快に振り回して叩き斬っていく。

 そこにハナも加わり、華麗に魔物を蹴散らす。

 三人の勇姿が戦士たちの士気を左右していると言っても過言ではない。

 クロロとアンはゆっくり下がり、互いに背をぶつけた。


「……なぁ、そろそろまずいんじゃないのか?」


「分かってるさ。ゲンリュウ総隊長が伝令係をカムラへ送ったよ」


「で、カムラの方はどうだって?」


「ファラン技術長はもう少しで完成するとおっしゃってるそうだ」


「本当に大丈夫なのかい?」


「分からん。でも信じるしかないだろ」


 クロロの言葉にアンは小さく舌打ちした。アイテムは底をつき、武器も摩耗して、このままでは戦線を維持できない。だというのに砲台完成の目途は立たず、戦況は悪化していく一方だ。

 退くことは許されず、徐々に戦士たちの心を蝕んでいく。


「――コオォォォォォッ!」


 そのとき、甲高い魔物の声が響いた。

 それは、イービルアイやデビルテングなどのものとは違い、新たな魔物の登場を知らせていた。


「な、んだって……」


 アンの体は無意識に震えた。

 その鳴き声に聞き覚えがあるのだ。

 彼女の呼吸が荒くなり、ゆっくり上空を見上げると、でっぷりとした体躯に紫色の羽毛が目に入った。

 その瞬間、アンは目を必死に叫ぶ。


「お前ら! 奴の目を絶対に直接見るな!」


「そ、そんな……」


 リンも絶望の声を上げた。

 ダンタリオンが新たに生み出したのは、クラスBモンスターだったのだ。

 コカトリスと、その後ろには人面の獅子マンティコアの姿、そして巨大な悪魔の翼を広げたミノグランデが飛来する。


「バカなっ! 奴はクラスBまで生み出すのか!?」


 クロロが叫んでいるうちに、マンティコアが真正面から滑空し襲いかかる。


「ちぃっ! レーザーを撃て!」


 クロロは咄嗟に横へ跳び退いて、マンティコアの突進を回避。

 後方の支援部隊は大慌てでレーザーを放つ。

 しかしマンティコアには当たらず、地面への着地を許してしまう。

 

「攻撃の隙を与えるな!」

「くっそぉぉぉっ!」

「こんのぉっ!」


 先手必勝。

 クロロの指示の元、周囲の騎士とハンターたちが一斉に飛び掛かるが――


 ――カチチッ!


 マンティコアの周囲で粉塵が舞い、その直後大爆発を起こす。


「っ!?」


 戦士たちは突然のカウンターに大きく吹き飛ばされる。

 クロロはほとんど反射で、かろうじてアイスシールドの展開が間に合ったが、衝撃に吹き飛ばされて背を大きく地面に打ち付けた。

 マンティコアは周囲を見回すと、コカトリスと肉弾戦を繰り広げているアンへと駆け出した。


「アン!、避けて!」


「ちぃ!」


 アンはコカトリスの蛇の尾を叩き斬ると、大きく跳び退く。

 マンティコアはコカトリスの前で止まり、アンを睨みつける。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 アンは頬を引きつらせながら呟き、斧を構えた。

 クラスBモンスターを二体同時に相手にしなければならない。

 だというのに、周囲の戦士たちはとても加勢できる状況ではなく、ハナもミノグランデに狙われ、立ち回るので精一杯だ。

 マンティコアは牙を光らせ、まっすぐアンへ突進してくる。


「くっ!」


 斧を振り上げるアン。

 しかし、マンティコアの背後からコカトリスが飛び上がり、尻尾を斬られた怒りで叫ぶと、マンティコアの背を飛び越えて襲い掛かって来た。

 同時に飛び掛かって来る二体の強力な魔物。

 アンの後方でリンが叫ぶ。


「アン、下がって!」


 次の瞬間、視界を白光が包む。

 白魔法のホワイトスパークだ。

 ドスンッという音が聞こえ、魔物のうめき声が聞こえた。

 だが次の瞬間、鋭利ななにかがアンの腹部を裂いていた。


「え?」


 アンはわけが分からないまま吹き飛ばされ地面を転がる。

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