激戦は続く

「アンっ!」


 光が収まり視界が元に戻ると、コカトリスは地面を転がり羽でジタバタともがき、マンティコアもその場で首を振りながら足踏みしていた。

 アンは倒れてうずくまっており、リンが慌てて駆け寄る。


「うっ……」


「しっかりして! アン!」


 苦しそうに呻くアンの上体を支えて起こし状態を確認した。

 彼女の腹部はぱっくりと裂けて血が流れ出し、傷口には紫色の液体が付着して泡を立てている。


「これはまさか……毒?」


 リンはハッと顔を上げ、マンティコアを見た。

 そして傷口を見比べてみる。

 間違いない。これはサソリの尻尾による裂傷だ。マンティコアは視界を潰された直後、おそらく尻尾を振り回したのだろう。よく見ると、コカトリスの羽にも似たような傷ができていた。


「アンっ! しっかりして! すぐに治療するから!」


 リンは治癒魔法をかけ、傷を少しずつ癒していく。だが想像以上に傷は深く、毒の回りも早いようで、すぐには効果が現れない。

 そうこうしているうちに、マンティコアとコカトリスは視界を取り戻し、再びアンとリンへ体を向ける。そして威嚇の雄叫びを上げ、まっすぐに駆け出した。


「くっ……」


 どうやっても逃げ切れない。

 それを悟ったリンは、アンの体を守るように覆いかぶさり、強く目を閉じた。


「アン! リン!」


 そのとき、凛々しい声と共にカムラ最強の剣士が舞い降りる。

 ハナはマンティコアの背に降り立つと、極限まで帯電していたアギトを突き刺し、そのまま体を切り裂いて飛び、宙で一回転した。雷の収束した翡翠の刃は、マンティコアの背後から駆けてきたコカトリスの首を一太刀で断つ。

 華麗に着地し、二体の魔物が倒れ絶命したことを確認したハナは、急いで二人の元へ。


「アン! リン! 大丈夫ですか!?」


「ハナ、さん……」


 リンは涙で濡れた顔を上げ、ハナを見上げた。

 その腕に抱かれているアンはもう虫の息だ。


「な、なにをしてるんですか!? 早く治癒魔法を!」


「ごめん、なさい……魔力がないんです」


 リンは声を震わせ、涙を溢れさせる。

 ハナは慌ててエーテルを取り出すが、容態を見るにもう助からない。

 アンは震える手を彷徨わせ、リンの名を呼ぶ。

 リンはその手を両手で包んだ。


「アン、ごめんなさい! わ、私っ……」


「……いいんだよ。今まで、ありがと……な」


 その言葉を最後に、アンの体から力が抜ける。最期は毒に苦しむような顔ではなく、穏やかに微笑んでいた。

 ハナは悔しげに肩を震わせ唇を噛み、顔を逸らす。

 リンはアンの亡骸を抱き、慟哭するのだった。



 それからしばらく戦いは続いたが、迫りくるダンタリオンの原液の奔流を避けるべく、じわじわと後退していく。

 かなりの人数が減っていた。


「――ちきしょう……」


 クロロが目の前の光景に顔を歪める。

 コカトリス、マンティコア、ミノグランデ、その他多数の魔物の死骸を取り込んだ原液は気化し、再び同じ魔物たちを作り出した。

 サイクルのたびにクラスBモンスターが復活するのだ。こればかりは、ゲンリュウも天を仰ぐしかなかった。


「奴ら、どこまで我々を苦しめれば気が済むんだ」


 再び飛来するコカトリスやマンティコア。

 あまりに絶望的な状況に、ハンターも騎士も戦意を喪失していた。

 既にアイテムは底をついている。

 このまま戦い続けても、どれほどの足止めが期待できるだろうか。


「くっ!」


 それでもハナは諦めない。

 アギトに収束していた稲妻も充電切れでただの太刀となったが、それでも駆け出す。


「ハナさん……」


 アンの亡骸を抱き、茫然と呟くリン。

 クロロですらも足がすくみ動けないまま、ハナは一人で魔物の群れへ突っ込んでいく。

 彼女ももう終わりだと、誰もが思った次の瞬間――


 ――グヲォォォォォンッ!


 『光の矢』がミノグランデの厚い胸を貫いていた。

 ミノグランデは唸り声を上げた後、そのまま墜落し原液に飲まれる。

 それによってダンタリオンは足を止めた。


「今のはいったい……」


 なにが起こったのか把握できず、唖然と呟いたゲンリュウ。

 その後ろから眩い光を纏ったハイエルフが現れ、降り立った。フリージアの王キュベレェだ。

 さらに、後方から武装したエルフたちと、カムラの騎士たちが駆けつけた。


「――クロロさん!」


 その中にはアインの姿もあった。


 ゲンリュウはキュベレェから説明を受ける。

 ヴィンゴールはどうやら、フリージアへ協力の依頼を出していたようだ。キュベレェはそれを承諾し、準備に時間はかかったがどうにか間に合った。

 出撃の際、第二陣の出撃を辞退した騎士たちも、待つことに耐えられず出撃を志願したという。


「お前、本当に良かったのか? 親や兄弟はどうする?」


「大丈夫です。生きて帰れば済む話ですから」


 心配そうに顔を覗き込むクロロに、アインは笑みで返した。

 自分と似たようなことを言うアインに、クロロは苦笑した。アインからポーションやエーテルを受け取り、再び闘志を燃やす。

 一度後退したハナもエーテルを補充し、アギトに帯電を始める。

 キュベレェは舞い上がり、手元に光を収束し始め告げた。


「――私たちがついています。ですから、決して最後まで諦めないでください!」


 補充の物資を受け取った第二陣は、戦力を増強し、再びダンタリオンへ立ち向かうのだった。

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