鵺の目的
「なん、だって……いや、そもそも、なんでお前が地球を知っているんだ!?」
「簡単なこと。凶霧は怨嗟の魂の集合体であり、その大元は地球に住んでいた人間たちだからだ。凶霧の魂が変異した姿である、凶霧の魔物たちを取り込んだことで、俺は地球の知識を得た」
「そんな話、信じられるかっ!? 俺のいた地球では、人間が技術を発展させ、常に新たなものを生み出しながら生き続けてきたんだぞ!」
「その発展の裏側でなにが起こっていたのか、貴様は知っているのか?」
「……なに?」
「俺が喰ってきた者たちは皆、技術の発展の裏側で犠牲になってきた者たちだった」
「そんな……それじゃあ、その憎しみが魔物を生んだっていうのか?」
「そうだ。地球上では、古来より争いが絶えず、戦争や犯罪で多くの人が死に続け、怨念が蔓延し続けていた。やがてそれは、次元の歪みを引き起こし、異空間に亀裂を作った。そのとき繋がったのが、この世界だ」
「っ!」
柊吾は絶句する。
地球上の人類が絶えず繰り返してきた悲劇的な争いの歴史。
そして、文明の発展した今なお繰り広げられている多くの争い。
その犠牲者たちの憎しみが時空を歪ませたというのか。
「時空を司る神だったクロノスは、己の責務を果たそうと、全力をもって次元の歪みを正そうとしたが、人間たちの憎悪があまりにも強すぎた。遂に亀裂は穴となり、地球側の魂は怨嗟の奔流としてこの大陸に降り注いだ。同時にクロノスも精神を蝕まれ、魔神と化したわけだ」
柊吾は怒りの行き場を失い、無意識のうちに拳を握りしめていた。
あまりにも突拍子のない話に、頭がついていけない。
だが、以前ドラゴンソウルの言っていた、『空の涙』のイメージは脳裏に焼き付いていた。
「そ、それじゃあ、魔物たちの造形が俺の知るものに近かったのは――」
「地球人の持っていたイメージが魔物の形を作っていたからだ」
「うっ……」
柊吾は青ざめて口元を押さえる。吐き気をこらえるので精一杯だ。
せめて、自分の近しい者だけでもこちらに来ていなければと願う。
だがそれも敵わぬ願いか。
ダンタリオンの胴体に浮き出た人々の顔を見たとき、見覚えのある顔があった上に、漂う怨嗟の声には聞き覚えのあるものも混じっていた。
「……魔神クロノスはなんで俺を執拗に狙っていた? お前はなんで俺を狙ってここまで来た?」
「地球への道筋を作るためだ」
「なん、だと?」
「言っただろう。貴様は特別な存在だと。貴様は凶霧の魂とは違い、地球で死んでなどいない。憎悪に魅入られてもいない。その体はまだ地球にあって、加治柊吾という魂の帰りを……目覚めるのを待っているんだ」
「……は?」
柊吾は前世での年齢と、この世界で目を覚ましてからの年齢を合算してみる。
すると、地球上の柊吾は四十七歳。つまり、地球上で十年間昏睡を続けているということになる。
その自分の姿を想像したとき、脳裏に衝撃が走った。
「ぅっ」
ズキズキと頭が割れそうなほど痛む。
だがそんなことよりも、今は脳内を駆け巡っている情景だ。
ありとあらゆる過去が呼び覚まされ、そして地球上で過ごした最後の記憶が蘇る。
「ようやく思い出したか?」
柊吾の顔を見た鵺は問う。
柊吾は唖然とした表情で声を失っていた。
全てを思い出したのだ。
――あの日、柊吾はスペースロケットの設計者の一人として、発射前の状態確認を整備班と共にしていた。
そのときはなんの問題もないと判断したが、発射の直後、謎の大爆発が起きて柊吾はそれに巻き込まれた。
「一命は取り留めていたってことか……」
「そう、貴様が怨嗟の奔流と共にこの世界に来たのは、運命のいたずらだ。だがそのおかげで、この世界と地球側との道筋を残している」
「どういうことだ?」
「貴様の魂は、あちら側にある肉体に引っ張られているのだ。まるで地球の引力のようにな。だからクロノスは、魔神になり果ててでも、貴様を利用し凶霧を――憎悪の魂たちを地球側に送り返そうとした」
「そういうことだったのか」
柊吾は頬を歪める。
魔神クロノスが柊吾を追っていたのは、この世界を元に戻すためだったのだ。
それも知らず、柊吾は自分の身を守るためと、撃退していた。
なんともやりきれない。
しかし凶霧が地球上に蔓延してしまえば、この世界の二の舞になる。
「俺はもう、地球に戻るわけにはいかないのか」
「いや、帰ってもらう」
「どういう意味だ?」
「魔神クロノスはもういない。いるのはこの俺、『魔神クロノクルス』だ。貴様を喰らい、その魂の引力を使って地球に降り立つ」
鵺は、魔神クロノスを取り込んだことで、自分を魔神だと言った。
クロノクルス……
彼の地球に降り立つという目的が理解できず、柊吾は顔をしかめる。
「なにが狙いだ?」
「なに、地球で発展しているあらゆる技術に興味があるだけだ。その知識を喰らい、この世界では手に入らないものを手にしてみたい。それだけだ」
全てを語り終えた鵺は、うつ伏せに倒れたままの柊吾へゆっくりと歩み寄る。
外套の右側がゆっくりと盛り上がり、内側からドロドロの粘液を滴らせた顔のない暗黒の魔獣が顔を出す。
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