真相
「くっ!」
柊吾は横へ跳んで緊急回避し、横から方向転換してきた腕を一本ずつ冷静に斬り落とす。
その隙にデュラが地を蹴り、鵺へ迫った。
電撃の如く突き出されるランス。
鵺は外套の内側から妖刀反骨鬼を抜いて、それを切り払う。そしてカウンターでサソリの尾を頭上から振り下ろすが、デュラは横へステップを踏んで回避。
悪魔の腕を振り切った柊吾が鵺へ急接近すると、左肩のヤギの頭蓋骨が冷気ブレスを放ってくる。
「ちぃっ!」
柊吾は左腕を突き出し、間一髪でアイスシールドの展開が間に合う。
勢いよく吹きつけられる冷気に耐えていると、脳内にメイの声が響いた。
(お二人とも下がってください!)
通常通りの連携で、デュラと柊吾が素早く跳び退く。
絶妙なタイミングでトライデントアイのレーザーが放たれた。
出力は九砲門全開だ。
これなら鵺に深手を負わせることができるはず。
そう思ったのも束の間、鵺はいたって冷静に右の背に漆黒の翼を生やし、それで右側から体を包むようにして、レーザーを受け止める。
「なに?」
見たところ、ミノグランデの翼が小さくなったようなものだが、とても高熱量を防ぎきれるようには思えない。
だがレーザーが直撃する寸前、漆黒の鱗が翼の表面を覆っていた。それを幾重にも重ね、鉄壁の防御とする。
「……そんな」
メイは唖然と呟いた。
レーザーの照射が終わっても、漆黒の鱗に覆われた翼は健在で表面の熱を煙と共に発散させていたのだ。
あまりにも頑丈な鱗。
柊吾はそれに見覚えがあった。
「アンフィスバエナの鱗か」
「さすがによく知っているな。だが、俺が求めているのはそんなくだらない知識ではない」
鵺は何事もなかったかのように翼を背の内側へ仕舞い、背と前面の外套の内側から蛇、サソリの尾、悪魔の腕を一斉に繰り出す。
柊吾は飲み干したエーテルの瓶を投げ捨てると、飛び上がり大きく立ち回る。
噛みつこうとしてくる蛇を避け、サソリの尾を断ち斬り、悪魔の手をアイスシールドで弾きながら、隙を見出して鵺へ突撃しようとするが、隙など微塵もない。
あまりの物量で攻勢に転じる機会は遂に訪れず、柊吾は突然体が痺れ墜落した。
「ぐっ!?」
受け身も取れず全身を地面に打ち付けられ、激痛に顔を歪める。
うつ伏せの状態から慌てて顔を上げると、周囲を無数の蛇たちに囲まれていた。
デュラとメイも悪魔の腕に捕まり、がんじがらめにされている。
「ようやく効いたか」
「体が動かない……いったいなにをした!?」
「気付かなかったか? 尾の針が貴様の腹を掠めていたことに。あれが分泌するのは麻痺性の毒だ」
「くそっ……」
柊吾は悔しげに顔をしかめた。
今になってようやく脇腹に微かな痛みを感じ始めるが、今更気付いても遅く、体は思うように動かない。
完全に一本とられた。
「さて……」
鵺は考え込むように眉を寄せ、がんじがらめにしているメイとデュラ、倒れ伏す柊吾を見回した。
柊吾を喰うことは間違いない。
だが、メイとデュラはどうするのか。
それを考えると、柊吾はたまらなく怖くなった。
どうにかして鵺の気を逸らそうと、柊吾は声を張り上げる。
「鵺!」
鵺はゆっくりと虚ろな瞳を柊吾へ顔を向けた。
どうやら聞く耳は持っているようだ。
「なんで俺は、お前に狙われなくちゃならない? 俺がいったいなにをしたっていうんだ!?」
柊吾は必死に話を繋いだ。
もしかすると、第二陣が戻って来るかもしれない。そんな希望を持とうとする。しかし彼らがいたところで、鵺の圧倒的な力を前にすれば蹂躙されるだけ。
それは柊吾も十分理解してはいるが、今はそれしか希望がないのだ。
「本気で言っているのか?」
「どういうことだ?」
鵺が聞き返してきたことに困惑するが、とにかく時間を稼ごうとする柊吾。
鵺は心底驚いたように目を見開き、小さく息を吐いた。
「……いいだろう。加治柊吾、貴様は特別な存在だ。魔神クロノスを喰らって知り得た真相を話してやる。貴様の中の封印された記憶を呼び覚ますことができてこそ、喰う意味がある――貴様は空に現れた星を見たか?」
「っ! あれはやはり、お前のしわざか!?」
「そうだ。あの星への道を作るためにあの怪物を利用した」
「まさかっ、お前がダンタリオンを操っていたというのか!?」
「今や魔神の力も得たのでな。俺にかかれば造作もない」
柊吾は憤怒に歯を食いしばり、鬼の形相で睨みつける。
この男のせいでいったいどれだけの人間が死んだと思っているのか。
グレンやシモンたちの優しい笑顔が脳裏によぎり、激憤に顔を歪めた。
しかし鵺は、無表情で悠々と語り続けた。
「地球のためだ。貴様も文句はあるまい」
「んなっ!? 本当に……地球なのか?」
「記憶は断片的に残っているようだな。そう、貴様の故郷である地球だ。そして、凶霧発生の元凶でもある」
告げられたのは、とうてい理解できない真相。
柊吾はただただ言葉を失った。
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