失敗の代償
アンとリンが遠くまで逃げ、十分に時間を稼げたと悟った柊吾は、コカトリスにフラッシュボムを喰らわせ、自身も無事離脱した。途中でアン、リンと合流し三人でカムラへ戻る。
「――かしこまりました。それでは、本クエスト『コカトリス討伐』について、お三方の失敗手続きに入らせていただきます」
三人は紹介所に戻るとすぐにクエスト失敗を申告した。
本来であれば一度受けたクエストに対して、未完で帰還したとしても、クエストの有効期限内であれば何度でも再挑戦が可能だ。その分、他のクエストは受けられずそのクエストにのみ集中しなければならない。しかし、自分には不可能だと悟った場合には違約金を払うことで失敗の手続きを踏み、クエストをキャンセルできる。
今回、最初に失敗申告を提案をしたのはアンだった。理由は『利き腕が動かなくなったから』。その原因が石化の後遺症であることは明確だった。浄化魔法を何度かけても、アンの右腕が未だに白く冷たいままだったのだ。
もちろん、それがなくとも柊吾とリンに異論はなかった。
紹介所にたむろしていたハンターたちの訝しげな視線を浴びながら、三人は紹介所を出る。
酷い恰好だった。三人とも全身泥まみれで、たくさんの擦り傷やアザを作っていた。腐った卵のような異臭も発している。アンは顔に深い影を落とし、動く左手で斧を引きずっており、リンは泣きそうに歪んだ表情で脱力している。
リンは紹介所を出てすぐにアンの正面に回り込み、深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい、アン。私があのとき、焦って不完全な状態のホワイトスパークを放ったからこんなことに……」
「……別に、仕方ないさ」
アンは半分ほど顔を上げて呟くが覇気がない。それほどショックだったのだろう。今回のクエスト失敗と、右腕の再起不能が。
「そ、そうだよ。あれは仕方ないことだ」
どんよりとした空気を払拭しようと、柊吾が慌てて間に入る。しかしいくら励ましても、リンは「で、でも……」と自分を責め続ける。
そうこうしているうちに、アンがのっそりと歩き出した。
「アン?」
「放っておいてくれ。こんなんじゃハンターなんてできないし、あんたたちと一緒に戦うこともできないよ」
アンは哀愁の漂う背を向けたまま告げると、まっすぐに南東の住宅街へ歩いて行った。
「すみません、私も当分はハンターをできそうにありません」
リンは掠れる声でそう呟くと、南の方へ走り去っていった。
一人取り残された柊吾は、どうしようもないやるせなさを胸に抱え、しばらく立ち尽くすのであった。
それから柊吾がアンやリンとパーティを組むことは二度となかった。
翌日、瘴気の沼地で新たなアイテムのアイデアを閃いていた柊吾は、家で設計図を書くと保管している鉱石類をかき集めてシモンの元を訪れた。
鍛冶屋に入ると、休憩していたシモンが立ち上がり苦笑する。
「君はいつもボロボロだね」
「そういうお前はいつも休んでいるじゃないか」
「失敬な。うちは分業制だから、細かい製造作業なんかは外注しているんだよ。それだけの金もあるしね」
シモンが目を光らせる。商人の目だ。シモンの言う通り、ここ最近は彼自身が製造作業をしているところを柊吾は見ていない。とはいえ、アイテムの量産などの細かい作業は鍛冶屋にはあまり向いていないため、見習いの技士を雇った方が効率的だ。
「それはさておき、腕の修復に来たんだろ? アイテムを出しな」
やれやれと肩をすくめるシモンに促され、柊吾は腰に下げていた袋から鉱石類を机にばら撒く。修復と言うよりは、再生産と言った方が正しい。
「今はこれだけしかない」
「うーん……ランクの低い鉱石ばっかだねぇ」
「一応、沼地の洞窟なんかで少し掘ったりもしたが、あまりいいものが採れなかったんだよ」
「そうか。まぁ、数だけはあるし、以前よりかなり強度の劣るものは作れるかな。ただ、アイスシールドについては、氷の杖をよその商人から買い付けてくれ」
柊吾は頷く。そのくらいでまた盾付きの魔装腕甲を作れるなら、むしろありがたい。ただ、氷の杖を買うだけの金銭的余裕がないので――
「ところで、設計図を買い取ってくれないか?」
「お? 本当かい!?」
それを聞いた途端、シモンの目が妖しく光り、頬を緩ませた。弾むような足取りで柊吾へ歩み寄る。
柊吾がくるくる巻きにしていた一枚の紙をシモンへ渡すと、シモンは嘆息しながらその内容にじっくり目を通す。
「……ほぅ、『スパイダーホールド』かぁ。これはまた面白い発想だ」
~~スパイダーホールド~~
アラクネの糸を利用したトラップだ。あれの強靭で高粘性な糸を幾重にも巻き、地面に設置する。もし魔物が踏めばトラップが作動し、小型種であれば糸に絡まって動きが封じられ、大型種であれば足がもつれ転倒する。
素材は、糸を作る体内器官であるアラクネの
「うん、素晴らしいっ。これは需要もあるだろうし、フラッシュボム並みに有用なアイテムになりそうだから、是非とも買い取らせてもらうよ。お代はこんなもんでどうかな?」
シモンは金額を紙に書いて提示する。それは、氷の杖を買ってもあまりある額だった。柊吾は即断即決で取引を終えると、早速商業区の大通りへと向かうのだった。
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