蛇竜の猛威

「……竜、なのか……」


 柊吾は唖然と呟く。

 目の前にいるのは、漆黒の鱗に覆われた巨大な竜の頭だった。蛇竜のように首が長く密林の奥から伸びているが、蛇のように地を這いその体は見えない。

 獰猛な金の瞳は柊吾を捉え、口の端には先ほど放っていた毒気を溜め真っ赤な舌を覗かせている。

 しかし妙だ。以前ドラゴンソウルから聞いた話では、ニアとアークグリプス以外の竜種はもう地上にいないはず。となると、明けない砂漠のアンフィスバエナ同様、凶霧によって生まれた竜型の魔物か。

 であれば、この蛇竜が紫雨と関係している可能性もある。 

 だが竜種であればクラスU。先ほどの猛毒ブレスの火力から考えても間違いない。どうやって倒せばいいのか……


「――お兄様!」


 メイの叫びで柊吾は我に返る。

 蛇龍がブレスを放とうと頭を後ろへ引いていたのだ。

 柊吾は慌ててバーニアを噴射し、左斜め上へ飛ぶ。あのまま放たれてはメイまで巻き込んでしまいかねないからだ。

 標的が射線上から外れてしまえば、蛇竜も向きを変える。はずだった――


(――な、なんで!?)


 蛇竜は頭の向きをピクリとも動かさなかった。その目はメイを捉えている。

 おかしい。

 凶霧の魔物と同じようにして生まれたメイは、他の凶霧の魔物から狙われないはず。実際にアルラウネも怪樹も彼女には見向きもしなかった。

 そこで柊吾は思い出す。

 蛇竜が仮面のエルフを喰らったことを。エルフは人と同じ獲物であるのだとしても、仮面は凶霧できた魔物のようなものだ。


(そうか……こいつは本来、人だろうが魔物だろうが手あたり次第に襲うタイプだ!)


 それに気付いた瞬間、柊吾は背面バーニアを全速力で噴射する。

 

「させるかぁぁぁっ!」


 今にもメイへブレスを放とうとしている蛇竜の首に斬りかかった。

 しかし――


 ――ガキィンッ!


「なん、だと?」


 ブリッツバスターの切れ味を以てしても、漆黒の竜鱗りゅうりんには刃が通らなかった。

 メイは腰が引けているのか、その場から動けない。

 そして無慈悲にも猛毒ブレスはメイへと放たれる。


「やめろぉぉぉっ!」


「っ!」


 メイはなすすべなくぎゅっと目をつぶる。 

 迫るは毒々しいダークグリーンの猛毒ブレス。もちろん取り込めば体内から侵されるが、これはそんな生易しいものじゃない。触れただけで溶けてしまうような危険なものだ。 

 アンデットのメイでも触れればただでは済まない。


 ――ガシャンッ!


 メイへ直撃する寸前、彼女の体は突き飛ばされた。後方から駆けつけたデュラによって。

 彼は左の巨大な盾をブレスに突き出し、真正面から受け止める。

 だがあまりにも火力があり過ぎた。

 それを受けた盾は瞬く間に溶け、それを持つ左腕もろとも溶かしきったのだ。

 デュラがランスを地面に突き刺し、片膝を無様につく。左肩から溶けてしまったせいで、中の空洞が丸見えだ。

 

「デュラさん!」


 メイが叫び、猛毒に触れないよう注意しながらデュラに駆け寄る。

 柊吾はデュラに感謝し蛇竜の頭上へ一気に飛び上がると、その脳天へ大剣を振り下ろした。

 斬撃というよりは打撃の要領で力一杯叩きつける。


「はぁっ!」


 わずかに肉を裂く感触があり、蛇竜が暴れ出した。

 どうやら頭は首ほど固くはないらしい。

 柊吾はすぐに離れて滞空し、エーテルを飲んで魔力を補充する。

 蛇竜が低く唸り顔を柊吾へ向けると、メイへと叫んだ。


「メイ、デュラを連れて下がって! レーザーを溜め――」


 蛇竜は柊吾の言葉など待たない。

 すぐさま噛みつこうと、弾丸の如き勢いで首を伸ばしてきた。

 柊吾は体を逸らし瞬発噴射で回避。

 カウンターで大剣を振り下ろすも、蛇竜は俊敏な動きで顔を引っ込め、再度頭を拳のようにぶつけてくる。

 

「ぐぅぅぅっ」


 柊吾はなんとかアイスシールドで防御するが勢いが凄まじく、大きく押し飛ばされた。

 態勢を崩し、噴射で勢いを殺しながらそのまま地面へ片足を着くと――


 ――ブオォォォォォンッ!


 そこを狙ったかのような絶妙なタイミングで猛毒の球体が放たれた。

 柊吾はブーツの燃焼に全魔力を込め、なんとか急上昇で回避。

 しかし蛇竜は既に次のモーションへ移っており、首で体当たりをかましてくる。

 柊吾は急旋回し、紙一重で避けて地面に着地。

 たった数瞬の攻防だとのというのに、柊吾の体力はかなり削られていた。

 「勝ち目がない」。柊吾は脳を支配しかけている絶望を必死に振り払い、ブリッツバスターの切っ先を蛇竜へ向けた。

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