魔術師の末路

 ――――――――――


 かつて、今は汚染されてしまった大商業都市に才能豊かな魔術師がいた。彼は大層な努力家で日々熱心に魔術の探求を続け、休むことを知らない。

 そんな魔術師はあるとき、禁断の魔術に興味を持ってしまった。それが異種族の生物の合成だ。その魔術によって生まれた完全体は、合成した魔物の力を得るだけでなく、さらに食した獲物の知識や記憶、その能力を引き継ぐことができるという。

 彼は世間にバレないよう、地下研究室で研究し始めた。極秘裏にあらゆる魔物を捕らえ合成魔術を試すが、それはいつになっても成功せず、一度は諦めた。


 しかし転機は訪れる。凶霧の発生だ。

 絶望に支配され逃げ惑う人々。魔術師とてそれは例外でなく、市民同様に死の危機に瀕していた。ただ一つ違ったのは、生き残るため凶霧に対抗しうる力を求めたこと。


「凶霧の魔物たちからなんらかの情報を得られれば……」


 彼はそう考えた。そのとき閃いたのだ。以前研究していた合成獣、それが完全体であれば凶霧の魔物を喰らい、その秘密を知ることができるのではないかと。

 彼は凶霧から逃れ地下に潜り、再び研究に没頭した。

 そしてあるとき、凶霧より生まれた新種の魔物の生き血や、体の一部を合成に利用することで、初めて合成獣が誕生する。だがそのとき生まれた『カオスキメラ』は、獲物を食べても力を引き継ぐことはなかった。魔術師は完全体を作るべく、凶霧を利用してあらゆることを試した。その間、失敗作であるカオスキメラがどれだけ生まれたかは、覚えていない。


 長い歳月をかけ、ようやく完全体が生まれた。生まれたときの姿は、全身が灰色の泥でできたような、人の形をかたどっては崩れるという酷く不安定な状態だった。

 魔術師は完全体に名前をつけようとするが、


「自分で考えさせるのも一興いっきょうか」


 あらゆる生物を喰らい知性を手に入れ、あらゆる記憶を参考にして最も適した名を付けさせる。それが魔術師の考えたことだ。

 ただ、当分の間は『ホムンクルス』と呼ぶことにした。


 ――――――――――


 柊吾は古ぼけ色あせた日誌を閉じる。

 これは鵺を退けた後、魔術師の隠れ家で見つけた研究日誌だった。そこには、魔術師が鵺を生み出すための研究の記録がギッシリと詰まっていた。ただ、不自然なことに途中でぱったり途切れてしまっている。

 柊吾は違和感を感じた。鵺の正体がカオスキメラを生み出していた魔術師だと思っていたが、日誌を読むかぎり魔術師は別にいて、鵺は合成獣の完成体『ホムンクルス』で間違いない。

 柊吾は眉間にしわを寄せ記憶を掘り越す。


(あのとき、鵺はなんて言っていた?)


 ――俺は鵺。この家の主だ――


 柊吾は弾かれたように顔を上げ呟く。


「……そういうことか」


 鵺が魔術師を食い、その知性を取り込んだのであれば、全ての説明がつく。

 もし鵺が魔術師の目的を引き継いでいるというのなら、彼は凶霧に対抗しうる存在だ。もしかすると、もう既に重要な情報を手に入れているかもしれない。

 柊吾は立ち上がると、簡単な身支度を整え足早に家を出る。


 柊吾はデュラのマントの予備を借り、右腕の欠損に気付かれないよう全身を覆っていた。ちなみに、汚染された都市から帰るときは、魔術師の隠れ家で回収したマントを利用した。もし討伐隊にでも気付かれれば、なにがあったかを問い質され禁止区域に入ったことを疑われるからだ。

 柊吾はデュラと共にシモンの鍛冶屋へ入る。

 奥の椅子に座り一息ついていたシモンは、柊吾の姿を見ると呆れたように額を押さえ、深くため息を吐いた。


「シモン……」


「分かった、なにも言わなくていい。そのマントの下がどうなっているか簡単に想像できるから」


「また迷惑をかける。それと、修理以外で頼みがある」


 柊吾はそう言うとデュラに目配せする。デュラは頷き、マントの内側から黒く細長い物体をシモンへ渡した。

 シモンはそれを受け取ると、驚いたようにのけ反り落としそうになった。


「おわっ!? な、なんだよこれ!?」


 それは鵺の左腕だった。ブリッツバスターの一撃で切断したものを回収してきたのだ。今は目玉が全て閉じているので黒一色のため、初見では腕だと分かりずらい。

 柊吾は汚染された都市であったことを全て話した。禁止区域に入りダンタリオンに近づいたこと、魔術師の隠れ家で鵺と遭遇したこと、研究日誌に書いてあったことなどを。

 その間、デュラには外で見張ってもらっていた。


「まったく君って奴は……いつもいつも僕の予想の遥か斜め上を行くね。どうしてダンタリオンの調査に行ったのに、また新たな強敵とドンパチしてるんだよ。呆れて言葉も出ないわ」


「出てるじゃないか」


「うるさいよ!」


「ご、ごめん……」


 シモンがこめかみをヒクつかせている。相当ご立腹のようだ。

 柊吾はこれ以上シモンの機嫌を損ねないよう、反省したようにしょんぼり下を向き肩を落としている。

 シモンはそんな柊吾を睨みつけると、再び深いため息を吐きペタペタと鵺の左腕を触りまわした。


「……中を見ないと分からないけど、おそらく光線を収束する器官がある一か所で連結してるんだ。メイちゃんのビームアイロッドで言うと、スイッチを押したとき、複数の目玉が同時に光を収束し始めるようなイメージ」


 イービルアイの目玉には神経が繋がっている特殊な器官がある。それを刺激することで目玉に光が収束し、刺激が急になくなるとそれを発散するというしくみになっている。つまりこの腕は、ある一つの器官を刺激すると、それが全ての目玉に分岐して繋がっているため、単純に目玉の数だけ威力が倍増するということだ。


「で、これをどうしろと?」


「メイのビームアイロッドを強化してほしい」


「また無茶なことを……ところでメイちゃんはどうした?」


「今頃、アラクネの糸と針を買っていると思うよ」


「なんだ? 手芸に興味でも持ったのか?」


「そんなところさ」


 柊吾は言えなかった。それがメイ自身の傷口を縫うためであるなど。そんなことシモンが知ればまたガミガミ言われるに違いない。

 柊吾にだってよく分かっていた。メイはアンデットであるが故に、再生ができないし白魔法もかけられない。だからもし、肉体が損壊するようなことになれば元通りに治してやることはできないと。だからこそ、メイが怪我しないよう自分がしっかり立ち回らなければならないと柊吾は肝に銘じている。


「君自身はどうするつもりだい?」


「鵺が凶霧に抗う鍵であることは確か。でも、今の俺たちじゃただ食われるしかできない。だからまずは、奴と再び戦うまでになんとしても強くなるよ」


 麒麟、ダンタリオン、鵺、と強大な敵が次々に現れ状況がどんどん厳しくなっていくが、柊吾は少しずつ前に進んでいると実感していた。

 鵺が柊吾のことを他の人間とは違うと言ったのだ。あのときはどういう意味か分からなかったが、もしかすると柊吾が転生者であることに関係があるかもしれない。だからこそ、柊吾はさらに強くなろうと誓うのだった。


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