第十二章 海の汚染源

聖域の民

 腐敗の密林は紫雨が止み、行動可能な土地になった。

 疫病によって、一時は滅亡しかけていたカムラも、聖域の王『キュベレェ』によってその危機を救われ、今はゆっくりと活気を取り戻しつつあった。

 キュベレェとヴィンゴールは、柊吾の仲介もあり友好的な関係を築いた。彼女のカムラへの訪問はいつでも歓迎され、まだ先の話ではあるがカムラの人間による密林探索を許可することを約束をした。


 ヒュドラの血を飲んだことによって一命を取り留めたニアは、カムラへ帰還してからすぐに体調を取り戻した。しかも、ヒュドラの漆黒の竜鱗や爪牙、再生能力というとんでもない特典まで手に入れて。

 今では元気にカムラ復興の手伝いをしているぐらいだ。

 

 ――――――――――


 その日、柊吾とデュラは、キュベレェと共に密林へ訪れていた。未だに苦しみ続けるフリージアの民たちを開放するために。

 メイとニアには、繁忙期の教会を手伝うべくカムラで頑張ってもらっている。


「――デュラ、任せた!」


 背の高い草木の間を駆けながら柊吾が叫ぶ。

 前方にはトーテムの仮面をつけたエルフが二人。前に出ている方が斧を両手に持った背の高い男で、その斜め後ろにいるのが、剣と盾を構えた女性のエルフだ。

 柊吾が急接近すると、エルフが斧を振り下ろす。ブリッツバスターを横に構えて受け止めた。

 その横をデュラが走り抜け、盾を構えて後方のエルフに突撃する。「ガキィンッ!」という音を立て、押し飛ばすと一対一に持ち込んだ。

 

「柊吾さん、お願いします!」


 柊吾の背後でキュベレェが手に光を集める。

 斧による力強い連撃を氷結の盾と大剣で受けながら、柊吾は激しく立ち回る。仮面の力によって強化された膂力が想像以上に強く、とんでもないパワーとスピードを生んでいた。隼でなく生身の肉体であれば、間違いなく押し負けていた。なんとか猛攻を防ぎきり、大振りの隙を見つけると、すかさずその仮面を左手で掴んだ。


「はぁっ!」

 

 思い切り顔から剥がす。

 すると、エルフは死人のような真っ青な顔を晒し、手から斧を落としてその場に崩れ落ちた。

 すぐにキュベレェが駆け寄り、加護の力で回復させる。予想通り、彼らは死しない程度に仮面から力を得ていたようだ。生きているのも不思議なくらい瀕死の状態ではあったが、加護の力でなんとか回復できた。

 

「…………俺、は……」


 そのエルフの青年はボーっとはしているが、確かに言葉を発した。頬は酷くこけてはいるが、それでも生気を取り戻している。

 キュベレェは感激に肩を震わせ、彼を強く抱きしめた。


「へ? キュ、キュベレェ様!?」


 青年はようやく目の前にいた相手を認識したようで、頬を赤くしておろおろと狼狽えている。

 しかし、キュベレェは感極まり「良かった……本当に良かった」と声を震わせており、それ以上は声がかけられなかった。

 キュベレェがすぐに落ち着きを取り戻すと、青年のエルフを柊吾に任せ、デュラが相手をしているもう一人の元へ行き、デュラの援護を得て解放した。


「――キュベレェさま、私たちは一体……」


 正気を取り戻した二人のエルフ。

 キュベレェは懐かしさにこみ上げる涙を抑えながら説明した。

 凶霧によって全てを奪われた聖域フリージアの今を。そしてこれからは、この森のどこかで未だに苦しみ続けている仲間たちを救わねばならないということを。

 信じがたい事実に、二人は驚愕に目を見張っていたが、キュベレェの想いは確かに伝わった。聞き終えたときには、キュベレェの力になってみせる、必ず仲間たちを救い出して、聖域を取り戻してみせると誓ったのだった。

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