瘴気の沼地
翌日の午後、紹介所で合流した柊吾、アン、リンの三人は相談に相談を重ね、初沼地のクエストを決めた。
「――アン、やっぱり別のにしない? 死亡フラグがビンビンに立ってるんだけど……」
転石のある第二教会へ辿り着くやいなや、柊吾が何度目かも分からない提案を持ちかける。彼らが受注したクエストに問題があると柊吾は言っているのだ。しかし何度言ってもアンは聞く耳を持たない。
「脂肪がなんだって? 相変わらずあんたは変な言葉を使うね。とにかく、クラスCが三人も集まってるんだから、大丈夫だよ」
アンは能天気にわははと笑う。リンも心配している様子はなく、二人のやりとりに口は挟まない。
彼らの今回のターゲットはクラスBモンスター『コカトリス』の討伐だ。まずクラスBというだけで、カオスキメラと同等かそれ以上に危険な相手。それに瘴気の沼地は今回が初めてで、勝手が全く分からない。いくら三人がクラスCの猛者だからといっても、分が悪すぎる。それに極めつけは柊吾のゲーム経験である。
(ちょっと強くなったり、新しい仲間が増えたりしたからって、調子に乗って高難度のクエストに挑むとほぼ失敗するんだよなぁ。どうするか……)
柊吾は深いため息を吐くと、腕を組んで唸り始めた。
するとリンが急に声を上げる。
「二人とも、あれを見て下さい」
柊吾とアンがリンの視線の先を追いかけると、討伐隊らしきグループがハンター用の転石とは別の転石から転移していくところだった。
この第二教会に転石は二つあった。教壇の右にあるのが、ハンター用の転石で討伐隊に同行した神官が転石を設置したフィールドに転移できる。左側にある方は討伐隊用の転石で、マップ開拓の途中で設置した転石、いわば中断セーブのようなもので、彼らはこれを駆使して新たなフィールド開拓に挑んでいる。有効なフィールドが発見できれば、新しい素材の発見ができ、それを職人や料理人が活用できるので町の生活水準が上がる。
だからこそ、討伐隊は民の税金によって働いているのだ。
「そういえば広場の掲示板に書いてありました。討伐隊がまた新しいフィールドを発見できそうだと。なんでも、明けない砂漠の霧の薄い円周上を回りながら、その先を目指して進んでいるんだとか……」
「へぇ、さすがは討伐隊。どこかの誰かさんとは違って勇気があるねぇ」
アンが意地の悪い笑みを浮かべ柊吾を見る。
柊吾は反論出来なかった。自分が逃げ出した明けない砂漠で戦っている戦士たちがいる。彼らは彼らなりのやり方で前に進んでいるのだ。そう考えると、自分が駄々をこねているようで、たまらなく嫌になる。
「……行こう」
柊吾の小さな呟きに、アンとリンはしっかり頷いた。
「待ってました!」
「よろしくお願いします」
確かに失敗する可能性は高い。だがゲームでもモンスターを初見で倒すことは難しく、何回も挑んで負けながらも、その挙動や特性を経験として蓄積していくのだ。この世界もゲームと大きくは変わらない。明確に異なることと言えば、死ねばそれっきりだということだけ。ならば――
(――死ななければいいだけさ)
三人は緊張半分、好奇心半分で瘴気の沼地へと乗り込んだ。
「――ゲホッゲホッ」
フィールドに到着してすぐに柊吾が咳き込んだ。続いてアンとリンも「うっ……」と顔を真っ青にして口元を抑える。柊吾はアイテムポーチに手を回し、充血した目で叫ぶ。
「ケホッ、マスクをっ、ゲホッ……つけるんだ!」
アンとリンも慌ててガスマスクを顔につける。三人ともしばらく無言で息を整えた。
ガスマスクは、網目の木のカバーが口を覆いかぶさる形状になっており、カバーの内側は平べったい布のマスクになっている。この網目になったカバーの素材は、浄化の杖を加工したものであり、微小な魔力を与えることで有毒な物質を吸い込まないようにできている。これも柊吾が設計したものだ。
「ふぅ、まったく誰だよ、掲示板に嘘の情報を貼り付けたアホは!? どこがガスマスク推奨だよ!? こんなんガスマスク必須だよ。死ぬところだったわ」
アンが額に青筋を浮かべ憤慨している。マスクによって声がくぐもっているため、よく聞かなければ魔物の唸り声にも聞こえかねない。
柊吾は大剣を背から肩に担ぎ直して歩き出す。
「とにかく先へ進もう」
アンも背に納めていた大斧を両手で持つ。かなりの巨大さと重量を持つ斧だ。柄の上部である斧頭にはカトブレパスの頭蓋骨が使われており、あえて重量を上げ、刃の部分は討伐隊が開拓中の滝の裏で掘ったという高ランク鉱石を使っている。牛と人の獣人族であるアンだからこそ扱える代物というわけだ。
リンは太く長い木製の杖を両手で抱える。それは白魔術を宿した杖であり、神官を辞職した際に愛用していたものを贈られたという。あらゆる白魔術が封入されており、それだけ制御が難しいが、使いこなせば傷の治療だけでなく、状態異常の回復やバリアをはることも可能。
「にしても、シュウゴの装備は凄いねぇ。そんなイカしたアーマーに巨大な大剣なんて反則だろうよ」
「カッコいいです」
アンとリンに羨望の眼差しを向けられ、柊吾は頬が緩む。
「た、大したことないよ。それよりも沼には気を付けて」
柊吾は慎重に二人の前を歩いてく。辺りには沼に生える灰色の草や枯れた木々が無数に生えており、酷いものだった。一体どうやったらここまで自然が朽ちるのか想像もつかない。もしかしかたら、アンフィスバエナのような巨大ななにかが瘴気を発生させているのかもしれないと、柊吾は緊張に顔を強張らせるのだった。
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