最悪の決断

 数日後、地下牢の上にあるヴィンゴールの館には、カムラの重鎮と討伐隊幹部たちが集まっていた。

 絨毯の脇で幹部が整列し、絨毯奥の執務机の前に座るのはヴィンゴール。その目の前で深く頭を下げ、額に油汗を浮かべていたのはバラムだった。


おもてを上げよ」


「はっ」


 バラムは緊張に声を震わせながら顔を上げる。

 ヴィンゴールの代わりに、キジダルがバラムの容疑について説明し始める。


「バラム殿、そなたは商会の中に凶霧の魔物がいることを知りながら、それを隠し領主様の側近に推薦した。これは事実か?」


「ご、誤解でございます。私はそもそも、あの死人の少女以外は普通の人間だと思っておりました。領主様の側近に推薦したのも、彼の実績と未来を考えてのこと。決して、なにかをくわだてていたわけではございません」


 バラムは委縮していた。一歩間違えば人生の奈落に転落するのだから無理はない。

 しかしキジダルもよく分かっていた。わざわざそんな危険人物を領主の元へ送ってまではかりごとをする度胸は、バラムにはない。


「言いたいことは分かった。そなたには町の運営でよく助けられているゆえ、信頼はしている。処罰についてはおとがめなしとはいかないものの、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はあると考えますが、領主様、いかがですか?」


「うむ、カムラの発展に尽力してくれた実績もある。配慮してやれ」


「かしこまりました」


「領主様のご寛大な処置に感謝致します」


 キジダルは想定通りというように無表情で頷き、バラムは深く頭を下げる。 


「バラム殿への処罰の詳細については後ほど通達するとして、次の議題に移りましょう。大罪人である加治柊吾の処遇についてです」


 そう言ってキジダルが広報長官へ目を向ける。

 広報長官は痩せ細った長身の初老の男で、少しサイズの大きい白のロングコートが彼の威厳を保っていた。

 彼は一歩前に出て柊吾の調査結果と現状を説明し始める。


「加治柊吾の仲間である二人の少女については、捜索を継続しておりますが未だに見つかっておりません。本人への拷問を行ったものの一向に吐かず、仲間の甲冑の亡霊も言葉が通じないようです」


「もう外へ逃げたのではありませんか? これ以上、この状況で労力を無駄に使うのはどうかと思うのですが」


 総務局長が眉をしかめ告げる。彼は背の低い恰幅の良い老人で、人当たりの良さそうな雰囲気はバラムに似ていた。


「どうせ教会へは干渉できていないのでしょう? 少女が働いていたのが孤児院である以上、彼らが匿っていると思いますがね。いっそ、強引に調べ上げたらどうです?」


 物騒なことを物怖じせず言い放ったのは、技術長だった。

 彼は騎士の装備を管理する部署の長で、元鍛冶屋ということもあって筋骨隆々の体が革製の服を内側から押し上げている。常に装備の品質を管理し、調達に関する権限も持っている討伐隊のかなめだ。


「ダメだ。今のカムラがギリギリ成り立っているのは、教会の助力も大きいのだぞ? そんな教会と対立してしまえば、我らの手でカムラを崩壊させることになりかねない」


 参謀が厳しい表情で技術長を諫めた。彼は討伐隊の参謀ということだけあって、思慮深く慎重でまつりごとではキジダルに次ぐ能力がある。痩せ型ではあるが、健康体そのもので資金管理や効率にうるさい厳格な性格だと言われている。


「皆、少し落ち着け」


 まだ就任して間もない総隊長が厳かに告げる。すると幹部たちはすぐに口を閉じ、静寂が訪れた。

 キジダルはタイミングを見計らい、ヴィンゴールと協議した方針を告げる。


「あなた方の意見はご最も。町の復興で人手が足りないのに、捜索や牢獄の管理に割く労力がもったいない。教会が匿っているという可能性もおおいにあるが、彼らとの関係悪化は避けたい。だからこそ、加治柊吾を『処刑』しようではありませんか」


 キジダルの告げた言葉に幹部全員が絶句する。そんな急な話、一体誰が納得できるのか。

 最初に反対したのは大隊長のグレンだった。


「それは時期尚早では? まだなんの情報を掴めていないのに、彼を殺しては意味がないと思いますが」


「それよりも領民の恐怖を取り除き、カムラ復興を最優先することが重要だと判断したのだ。それに、彼がピンチになれば仲間たちも姿を現すかもしれない」


 キジダルは、柊吾が海の魔物を呼んだわけではないと分かっていた。だから拷問にも意味はない。ならば領民たちの、海の魔物に襲われるという恐怖が、柊吾への憎悪にすり代わっている今こそ、絶好の機会だと踏んだのだ。

 そう、柊吾にカムラの憎しみを背負わせ、カムラ安寧のため犠牲にするという決断だ。


「し、しかし……」


 グレンはあくまでも反論しようとする。もしかしたら、柊吾のことを心のどこかで信じているのかもしれない。

 だが他の幹部たちも、バラムでさえも、面を下げ口をつぐんでいた。これが政治的判断だということは、彼らもよく分かっている。

 ヴィンゴールがグレンの目を見て厳かに告げる。


「グレンよ。我は、この愛するカムラに弓引く者を許すわけにはいかないのだ。柊吾の存在が、我が仲間たちを死なせ、領民たちに恐怖を植え付けたのなら、この手を汚すことをためらわない。分かるか? そなたがなんの根拠もなく、あの者をかばおうとするのなら――」


「――っ!」


 グレンは勢いよく頭を下げた。ヴィンゴールの瞳に宿った怒りの炎をまざまざと見てしまったからだ。全身から汗が噴き出す。自分とは比べ物にならないほど大くの命を背負う人間の覚悟には、どう足掻いても勝てないのだと悟った。

 重苦しい雰囲気の中、キジダルが告げる。


「グレン殿、これが政治だよ。反対する者は他にはいませんかな? ……よろしい。それでは一週間後、カムラの中央広場にて、加治柊吾の公開処刑を決行致します」


 とうとう最悪の決断が下された。

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