マーヤとヴィンゴール

 会議の二日後、柊吾の公開処刑が発表された。

 シスターマーヤは、それを聞いてすぐに領主の館へ向かった。

 彼女にとって、柊吾は歳の離れた弟のような存在だった。孤児院では、他の子たちと打ち解けられず、勉強ばかりしていた彼にいつも声をかけ、色んな話をした。そんな彼が今では立派に育ち、クラスBハンターにまで上りつめたと聞いたときは、自分のことのように喜んだ。

 そんな彼を失いたくなかったし、メイとニアのような健気で良い子たちを悲しませたくもなかった。


 マーヤが館の近くまで行くと、一人の女ハンターとすれ違った。マーヤにペコリと頭を下げた彼女は、元クラスBハンターのハナだった。

 マーヤも会釈をすると、ハナはイライラしたような足取りで去って行った。拳を握りしめ、今にも爆発しそうな怒りのオーラを携えて。

 一体なにがあったのかと、マーヤは気になったが、、今はヴィンゴールの元へと急ぐ。


「――珍しいな。そなたが一人で来るなど」


 ヴィンゴールはそう言って嬉しそうな笑みを浮かべる。

 マーヤとヴィンゴールは一回りほど年齢は離れているが、凶霧が発生する以前、まだ豊かだったこのカムラで一緒に育った、いわば幼馴染だった。

 今でも二人の親交は冷めず、お互いに距離をとってはいるがヴィンゴールもマーヤの頼みとあらばできる限りの協力はしてきた。

 マーヤは今、応接用のソファでヴィンゴールと向かい合って座っている。応接机には高級な茶が置かれ、ヴィンゴールの後ろにはキジダルと側近が立っていた。


「お久しぶりです」


「今日は一体どうしたんだ?」


「柊吾さんの件で相談があって来ました」


 マーヤが意を決してそれを口にすると、ヴィンゴールは表情を曇らせた。


「……そなたもか」


「え?」


 ヴィンゴールの「またか」という反応に、マーヤは先ほどすれ違ったハナの姿を思い出す。


「いや、なんでもない。続けてくれ」


「はい……柊吾さんを処刑するという決定に異議を唱えます。彼は決してカムラに害を与えるような人ではありません。彼が孤児院にいた時から面倒を見ていますが、今回の件は明らかにおかしい」


 ヴィンゴールは難しい顔でため息を吐く。彼の代わりに後ろで立っているキジダルが答えた。


「申し訳ありませんが、彼が魔物を引き連れていたという証拠がありますので、処刑を撤回することはできません」


「確かに、彼は人ならざる者を連れていたのかもしれません。しかし、それでカムラの害になったのでしょうか? むしろ、新たなフィールドを開拓する手助けをし、カムラの発展に貢献したのではないですか?」


「しかしながら彼は、海の魔物を引き寄せました。それによって死傷者多数。彼がもたらした繁栄などまやかしであったと自ら証明したのです。これを有害と言わずなんと言うのです?」


 キジダルは毅然として言い返す。反論は許さないといった勢いだ。

 それでもマーヤもキジダルをまっすぐ見上げ、ひるまない。


「彼が引き寄せたという証拠はないのでしょう? であれば、彼が有害だという根拠がありません。今すぐ冤罪を認めて」


「マーヤ様、申し訳ありませんが、それ以上我らの公務に足を踏み入れるというのなら、こちらにも考えがありますよ」


 キジダルが目を光らせる。


「一体どうするというのです?」


「なに、こちらも教会へ足を踏み込ませてもらうのです。そもそも、死人の少女が孤児院で働いていたことは調べがついています。あなた方が彼女らを匿っているという疑いがあるのですよ?」


 聡明なマーヤには、キジダルの思惑がすぐに分かった。確かにマーヤは今、メイとニアを自分の家に匿っている。しかしそんなことは関係なく、もしマーヤの頼みで柊吾の処刑を取り消したとする。その後、メイとの関係性について討伐隊に調べ上げられれば、たとえ本人たちが見つからなくとも、柊吾と通じていたとしてマーヤの立場を危うくするつもりなのだ。

 キジダルとはそういう男。マーヤがかつて好きだった、優しく穏やかなヴィンゴールをここまで厳格に変えた張本人だ。

 マーヤはすぐには答えられず、眉をしかめる。

 それを見かねたヴィンゴールが優しげな声で諭すように言った。


「分かってくれマーヤ。今、柊吾の冤罪を発表してどうする。カムラ領民たちの負の感情はどこに行けばいいのだ? 彼がいなくなることで、海の魔物が二度と現れないと思っている民の希望を砕くのか?」


「ヴィンゴール、あなた……」


 マーヤは絶句する。ヴィンゴールはいかなる理由があろうと、たった一人の若者を犠牲にすることで、カムラを助けようとしていた。彼の表情を見るに意志は固い。おそらく、この決断を下すのに深く思い悩んだのだろう。


「……残念です」


 マーヤは寂しげに呟くと、席を立ちヴィンゴールの執務室を出る。

 彼女にはどうにもできなかった。ヴィンゴールが激しく葛藤しながらも下した決断を覆すなど……


 その後、マーヤが家に戻ると、メイとニアの姿がなかった。

 マーヤは二人へ、柊吾は濡れぎぬを着せられて討伐隊に追われていると伝えていた。今はデュラと共に町の外で逃走を続けており、冤罪が晴れるまで戻っては来ないのだと。だから二人も、外に出ることなくこの家で大人しく暮らしなさいと言っておいた。

 メイとニアは、柊吾のことを心配して今にも飛び出そうとしていたが、決して外に出るなというマーヤの真剣な懇願に、やむを得ず従っていた。

 だというのに、彼女らの姿がない。


「二人はどこに行ったのですか!?」


 マーヤは焦りながら、一緒に住んでいる孤児たちに聞いて回る。

 分かったのは、メイが孤児たちから柊吾処刑の話を聞いてしまったということだけだった。

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