牢獄

 カツカツカツと薄暗い空洞に二人分の足音が響き渡る。

 地下へ続く階段には一つの松明も備えつけられてはおらず、人が持つ松明の灯だけが視界を照らしていた。

 キィィィッという甲高く不快な音が響き、牢獄の通路の扉が開く。


「――いい気味だな」


 険の含んだ声で呟いたのは、装甲の薄いシルバーの鎧を着た三十歳ほどの討伐隊員だった。彼と、その隣に立つ平凡な体格で若い男の二人は、投獄された柊吾の食事を運んできた。

 声に反応し、柊吾が立ち上がって牢屋の柵の前まで歩く。一つ一つの牢屋は非常に狭く、柊吾の部屋にあるのは硬い寝台と便器くらいだ。柊吾の右足首には鎖が嵌められ、部屋の壁に繋がって固定されている。デュラは別の部屋で全身を縛られ転がっていた。

 食事は手前の配膳口から放り込まれるのが通常だが、今回運んできた男たちは食器の乗ったトレーをいつまでも渡そうとしない。

 柊吾は柵を挟んで彼らの前に立ち、力なく口を開いた。


「どうも」


「気分はどうだ?」


「良くはないかな」


 憮然とした雰囲気で問う隊員に、柊吾は涼しげに返した。緩んだ頬はこけており、顔からは生気があまり感じられない。


「新しい魔物の呼び込みに失敗したからだろ?」


「どういうことだ?」


 怒りを滲ませた隊員の声に困惑し、柊吾は首を傾げた。


「とぼけるな! お前は新しい仲間を増やすために、海の魔物を呼んだんだろうが。俺たちはお見通しなんだぞ」


「なにを言ってるんだ……そんなことするわけないじゃないか」


「お前ぇっ!」


 柊吾の反応に腹が立ったのか、手前の男が手の松明を後ろの仲間へ渡し、柵を開けて牢屋内へ入り込んだ。そして柊吾の囚人服の胸倉を掴み、横の壁へ叩きつける。


「がっ!」


「ふざけるなよ。自分が出世するために魔物を使い、カムラを壊滅まで追い込んでおいて、知りませんでしたじゃ済まさねぇぞ!!」


 男は柊吾を至近距離から睨みつけ、今にも殴りかかりそうな剣幕で怒鳴った。

 しかしそれは悲しい誤解。柊吾は目を下へ逸らし、無実を訴える。


「誤解だ」


「まだ言うかぁっ!?」


 ――ガダァンッ!

 男は柊吾を一度壁から離し、再び叩きつけた。

 もう一人の男も食事を部屋の隅の床へ置き、仲間の後ろから柊吾を睨みつけた。


「こいつのせいで、ヒューレ隊長が……」


「ああ。絶対にゆるさねぇ」


 そのとき、柊吾は弾かれたように顔を上げ、目を見開いた。目の前にいる二人は、よくよく見るとヒューレの隊にいた者たちだ。以前、酒場でクロロと話していたから覚えている。そして察した。彼らはカムラが危機的な状況になったから怒っているのではない。ヒューレが犠牲になったから怒っているのだ。


「あんたたち、今でもヒューレさんのことを……」


「ちっ、お前なんかが隊長の名を口にすんじゃねぇ。不愉快だ」 


 しかし、柊吾は構わず続ける。


「ヒューレさんは素晴らしい人だった。誰よりもカムラのことを一番に考え、他の誰かを助けるために、誰よりも速く動く。だから最期も、部下のために……」


「知ったふうなことを」


 後ろの男が眉を寄せ不愉快そうに呟く。


「お前さえいなければ、ヒューレ隊長は死ななくて済んだんだぞ」


「それは違う」


「ちっ」


 柊吾はまっすぐに男を見つめ返し答えると、男は柊吾の胸倉から手を離した。


「分かってんだよ。ヒューレ隊長が死んだ一番の原因は、俺らの力不足だって」


 二人は頬を歪ませ奥歯を噛みしめた。悔しかったのだろう。だから、その苛立ちを柊吾にぶつけることで気を紛らわせようとしていた。

 だが、柊吾の疑いが晴れていないのも確か。


「それでも、俺たちはお前を信じちゃいない。どれだけ綺麗ごとを並べようと、信じられるか!」


「信じる信じないじゃないだろ。ヒューレさんは素晴らしい隊長だった。俺が伝えたいのはそれだけだ。それは自分のことを信じてもらうために言ってるんじゃない。それとも、ヒューレさんが素晴らしい人だってことが信じられないとでも言うつもりなのか」


 柊吾の熱のこもった言葉に、二人は目を見開いた。それ以上の言葉が出てこない。当然だ。ヒューレに対する敬意は、彼らとなんら変わらないのだから。


「……行くぞ」


 二人はそれ以上なにも言わず、牢屋を去って行った。


「……メイ、ニア……どうか無事でいてくれ」


 松明の灯がなくなってしまった真っ暗な牢屋で、柊吾は寂しくパンをかじるのだった。

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