メイの戦い

 枯れた木々をかわし底なし沼の上を飛びながら、背後から放たれる猛毒ブレスをかわしコカトリスを引き付ける。しばらく円周上にジグザグ進み、柊吾は急に反転した。コカトリスと向き合い、アイスシールドを展開すると、バーニア全開で真正面からぶつかる。


「ぐっ!」


 柊吾は衝撃で呆気なく吹き飛ばされたものの、コカトリスはその場で滞空した。

 柊吾は大きく飛ばされながらも必死に叫ぶ。


「今だ! メイ!」


 そのとき、極太の光線が飛来した。それはコカトリスの翼を掠める。コカトリスは「カッ!」と驚いたように短く叫ぶと、光の飛んできた方向に目を向け獲物を見つけた。枯れた木々の根元の薄暗い草むらで、メイが慌てた様子でアイテムポーチを漁っている。しかし焦りのためかボロボロとアイテムを地面に落としてしまい、目的のものが見つけられないでいる。

 作戦が失敗しかけていた。

 柊吾がコカトリスを足止めしている間に、メイがフル出力のレーザーをコカトリスに直撃させる。それが失敗しても、メイの存在に気付いて目を向けたコカトリスの目をフラッシュボムで潰す。それが作戦だった。今はそのどちらも失敗。次のレーザー照射までのインターバルは十秒程度。このまま襲い掛かられたらひとたまりもない。

 柊吾は地面すれすれで受け身を諦め、オールレンジファングを放った。


「ぐはっ!」


 本人は激しく体を地に打ち付けるが、泥だらけで柔らかかったことが幸いした。

 今にもメイへ向かおうとするコカトリスの眼前を左腕が遮る。その手にはフラッシュボムが握られていた。


「――カアァッ!」


 すぐさま閃光がコカトリスの視界を焼き、無様に地面へ叩きつける。そしてその地面にはスパイダーホールド。アラクネの糸を利用して設計したトラップアイテムだ。コカトリスが地面でもがけばもがくほど糸が絡まり、十数秒は足止めできる計算だ。これは柊吾たちが陽動となってコカトリスと戦っている間に、メイが設置した。

 柊吾は左腕をメイの元へ飛ばし杖を掴んでいるメイの手を包むように掴むと、糸を通して語り掛ける。


「メイ、大丈夫か?」


「お、お兄様……ご、ごめんなさいっ、わ、私……」


「いいんだメイ。誰だって最初は失敗するし、何度も間違える。だから何回だってやり直せばいい」


「でも私、怖くて、辛くて、目を開けていられないんです。それでさっきも」


 柊吾は理解した。メイは優しすぎるのだ。怖くて辛いのは自分のことを案じているのではなく、敵が傷つく姿を見るのが耐えられないのだ。

 ならば、それを誰かが背負ってやらねばならない。たとえ全ては無理だったとしても、少しでもその重荷が軽くなるように。


「ごめんメイ。君に辛い思いばかりさせて。これは君のせいじゃない。そう指示した俺の責任だ」


 柊吾は倒れていた体を起こす。既にコカトリスは糸を振りほどき、メイに狙いを定めていた。


「メイ、最後に奴を狙ってくれ。後は目を瞑ったっていい。俺が支えるから」


 メイは震える手で杖の切っ先をコカトリスに向け、レーザーの収束を開始する。するとコカトリスもメイへ向かって走り始めた。


「ひっ……」


 メイは頬を歪ませ目をギュッと瞑る。震えで射線がズレそうになるが柊吾が左腕でしっかり支える。

 レーザーの収束の完了を確認した柊吾が叫ぶ。


「今だっ!」


「っ!」


 最大出力のレーザーが放たれる。今度は射線は逸れなかった。

 高熱量のレーザーはコカトリスの胴体をいとも簡単に貫き、コカトリスは足をもつれさせメイの目の前で転倒する。


「――クカアァァァァァッ!」


 そして苦しそうにもがくと、最後に断末魔の叫びを上げ、ぱたりと倒れた。

 メイは目を開けると顔を歪め後ずさる。


「こ、これをわたっ……私が……」


「違う。俺たちの戦果だ」


 柊吾はそう言うとなけなしの魔力で左腕を身体へ引き戻す。柊吾はメイの元へ向かうべくゆっくりと歩き出した。ポーションで体力を回復すべきだが、今は足を動かす方が先だと思った。

 しかし、まだ終わっていなかった。


「――カッ」


 コカトリスが突然目を開ける。そしてのっそりと立ち上がる。


「そ、そんな!?」


 様子を見るに瀕死の体ではあるものの、最後にメイに一矢報いるつもりか。

 柊吾はバーニアを噴射するが魔力残量が足りず、スピードが出せない。

 コカトリスはのっそりと頭を上げ、クチバシをメイに振り下ろした。

 メイはギュッと目を瞑り一滴の涙を流す。


「ご、ごめんなさい――」


 ――ガキィィィィィンッ!


 激しい金属音が響いた。

 メイの頭上に巨大な盾が現れ、クチバシを受け止めていたのだ。


「……え?」


「デュラ!」


 デュラは盾でクチバシを押しのけ、ランスでコカトリスの喉元を突き止めを刺す。


「ク……」


 コカトリスは叫ぶ余力も残っていなかったのか、今度こそ静かに倒れた。

デュラはゆっくり振り向くと、「あ、あの、私……」と怯えるメイの頭を優しく撫でた。


「あっ……ありがとう、ございました」


 彼らの元へ歩み寄った柊吾は、頬を緩ませ微笑んだ。


「ありがとうデュラ。メイもよく頑張ってくれた。とりあえず今は一旦休もう」

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