沼の主

 毒沼に落としてしまった大剣はデュラが回収し、毒消し薬をかけて柊吾は再び背に納めた。デュラのマントはたっぷりと毒を吸ってしまったので、脱ぎ捨ててもたうことにした。

 アイテムで万全の状態に回復した柊吾たちは、コカトリスの素材を回収し洞窟に足を踏み入れる。フラッシュボムで最初に内部を確認したが、思った以上に広くアビススライムが生息していることぐらいしか分からなかった。

 柊吾とデュラがたいまつを持ち、デュラを先頭に、柊吾とメイは後ろに並んで慎重に進む。ここにも鉱脈があり結晶化した鉱石類が輝きを放っているが、今は採取するようなことはしない。


「ごめん、メイ。あと少しの辛抱だから耐えてくれ」


「わ、私は大丈夫です」


 メイは無理やり笑みを作りながら柊吾を見上げる。

 柊吾は胸が痛んだ。


「これが終われば君は自由だ。こんな危ない土地で戦いに駆り出されることもないし、安全なカムラの町で穏やかに過ごすことができるよ」


「え? は、はい……でも、それじゃぁ……」


 メイはどこか戸惑ったように声を詰まらせる。なにか問題があるのだろうかと柊吾が首を傾げていると、前方でデュラが立ち止まった。

 柊吾が先に進まないよう、デュラは右手で制し、足元をたいまつで照らす。


「毒の沼か」


 柊吾が呟くとデュラは頷く。

 紫色で毒混じりの泥水の広がるその先に目を向けると、仄かな光が差し込んでいるように見えた。出口のようだ。となると、ここを突っ切るしか手はない。

 幸いこのメンバーなら先に進めそうなので――


「――きゃっ、お、お兄様?」


 柊吾はメイを両手で抱きかかえた。俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。目をグルグル回して戸惑いの声を上げたメイだったが、柊吾にしっかりつかまっておくように言われ、おずおずと柊吾の首に腕を回した。

 メイは状態異常にかからないので、そのまま進むことも可能だったが、鎧のデュラと違ってスカートに染み込んでは後々が大変だ。


「デュラ、俺はメイを運んで低空飛行する。君はそのまま沼を突っ切ってくれ。もし深いようだったら引き返すんだ」


 柊吾が指示するとデュラは頷き、毒の沼を進み始めた。


 洞窟を出ると毒沼は出口から広範囲に広がっていた。柊吾はその先の陸地を見つけると、着地しメイを降ろした。メイはなぜだか頬を紅潮させているが、柊吾には理由がさっぱり分からない。もしかして変なところを触ってしまったのだろうかと不安になる。

 すぐにデュラも洞窟を抜け、柊吾たちと合流した。


「それにしても瘴気が濃いな」


 柊吾は思い出したように口に装着しているマスクを押さえる。これはマスクの素材になった浄化の杖の欠片に魔力を供給し続けることで正常な呼吸を可能にしている。こんな場所でもし魔力が尽きてしまったら、呼吸困難で死にかねない。

 瘴気によって視界も悪く、フラッシュボムをこれまで多用したために残り一個しかないので、慎重に進む。

 すぐに大きな沼に差し掛かり足を止めた。


「なんだこの色……それにこの気配……」


 その沼の色はそこら辺にある白濁色のものではなく、澄んだエメラルドグリーンだった。メイも「綺麗……」と目を丸くしている。

 デュラは警戒するように腰を落とし、ゆっくり辺りを見回している。強い気配を感じるのだ。この感覚は以前、孤島の洞窟でケルベロスのいた部屋から漂っていたものに近い。


「デュラ、メイ、二人はここで待機していてくれ。俺は少し先を見てくる」


「は、はい、お気をつけて」


 メイは心細そうに小さな声で返事をし、デュラはゆっくり首を縦に振った。


「大丈夫。なにか分かったらすぐに戻るよ」


 柊吾は安心させるようにそう言ってバーニアで飛び上がる。大したスピードは出さずに周囲を見渡しながら先に進んでいく。

 緑の沼は思った以上に広く、中々終わりが見えない。瘴気の最も濃い場所に、普通とは違う色の沼。それに強い気配。柊吾は嫌な予感をヒシヒシと感じる。

 そのとき、遥か後方で声が上がった。


「――お兄様! 下です!」


 柊吾は辛うじて聞こえたメイの叫び声に反応し下を向く。


「なに!?」


 沼に巨大な影が出来ていた。柊吾はすぐに察した。強い気配の正体はこの沼の下に潜んでいたのだ。

 柊吾は急いで旋回し、メイたちの元へ戻るべくバーニアを噴射する。

次の瞬間、沼の中から緑色の鱗に覆われた蛇が一斉に飛び出してきた。それらの狙いは柊吾ただ一人。


「ちっ! どけ!」


 柊吾は順々に迫りくる蛇たちを避け、行く手を塞ぐ者を大剣で斬り捨てた。蛇の数は数十体といったところだ。「ジャブジャブ」と水しぶきを上げながら、次から次へと現れる。

 左足に噛みつかれるが、右足のブーツ裏からバーニアを噴射し蹴り飛ばす。

 前方から三体が迫るが、肘のバーニアで変則的な機動をとり回転して回避。

 そうこうしているうちに背後の蛇たちに追いつかれる。しかし柊吾は冷静に、肘とブーツの側面からバーニアを噴かし、旋回しつつ全方向を薙ぎ払った。

 ようやく沼の岸にデュラとメイの姿を捉えた。デュラがメイを背にかばいながら盾で蛇の突進を受け止め、ランスで迎撃している。苦戦はしているが二人とも無事そうなので一安心だ。


「二人とも引くぞ!」


 柊吾が叫んだ次の瞬間、沼で盛大な水しぶきが上がる。柊吾は慌てて反転し音の発生源を見た。蛇たちは沼の水面上に引っ込み、緑の沼の中から現れたのは、


「ナ、ナーガだって!?」


 巨大な蛇女だった。上半身は裸の女だが白目を剝き肌は緑色。腕は六本あり、それぞれに斧のような巨大な剣を握っているのが二本、残りはその腕の上下に一本ずつ大蛇が生えている。下半身は緑色の硬質な鱗に覆われた大蛇であり、腹部の下から沼に浸かっている。

 柊吾が知るゲームのモンスター『ナーガ』のようだった。

 沼の上で滞空している柊吾の額に冷や汗が流れる。


(こいつがこの沼の主か……だが、ナーガなら高い知能を持っているはず)


 柊吾は一縷の望みに賭け、ナーガの目の前に躍り出た。メイが慌てたように「お、お兄様っ!」と呼び止めるが、今は気にしていられない。


「あなたの住処を荒らしてしまって申し訳ない。私は人間族の柊吾と言います。私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません。どうかこの先へ通していただくことは出来ませんか?」


 柊吾はナーガの目を見て語り掛けた。

 しかしナーガは特に反応を見せることなく――


「ダメか!?」


 柊吾の頭上から剣が振り下ろされた。

 柊吾は側面への噴射でなんとか回避するが、斬撃の風圧で吹き飛ばされる。なんとか態勢を立て直すと蛇たちが再び動き出していた。柊吾は思考を逃走に切り替え、メイたちの方へ飛ぶ。

 デュラとメイも洞窟へ向かって走り始めた。

 緑の沼から離れると蛇たちも追ってはこれず、三人は間一髪で逃走に成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る