かつて追い求めた存在

 無事に町へ帰還した柊吾たちは、すぐにバラムへ沼地でのクエストの結果を報告した。コカトリスの討伐、広い洞窟の出口に毒沼が広がっていたこと、その先にあるエメラルドグリーンの沼に瘴気の蛇神『ナーガ』がいたこと、そしてその先には新たなフィールドが広がっている可能性が高いことなど。

 バラムは嬉しそうに満面の笑みで頷いていた。報告が終わると明日にはヴィンゴールへ報告をするよう言われた。そこで今回の罪の件も許しを請うという。

 そして翌日、三人は領主の館に訪れた。

 前回と同じく真ん中の絨毯の奥にヴィンゴールが立ち、その両脇に対照的な雰囲気の側近が二人、絨毯の脇に討伐隊、文官のキジダル、バラムらが並んでいた。柊吾たちはヴィンゴールの前に立つ。

 ヴィンゴールはバラムから渡された報告書を読み、興味深そうに目を細めた。


「ほぅ、コカトリスを倒したか。よくやってくれたな。それに毒の沼を進み、強大な魔物の存在まで暴くとは……なんとも勇ましい。これも君の言っていた特性のおかげか?」


「その通りでございます」


 柊吾はヴィンゴールの問いに間髪入れず答えた。

 それに続けてバラムが口を開いた。


「いかがでしょうか? 彼らの力が今後のカムラの発展に必要であることは明白。何卒、今回の罪については寛大な処置をお願いしたく存じます」


 バラムが仰々しくこうべを垂れる。柊吾たちも「よろしくお願いいたします」と深く頭を下げた。


「……いいだろう。カジ・シュウゴ、デュラ、メイ、君たちによる討伐隊業務妨害への容疑、不問とする。異論のある者はいるか?」


 ヴィンゴールが厳かに告げ、臣下たちを見回した。最後にキジダルへ問う。


「そなたはどうだ? なにか問題は?」


「滅相もございません。領主様の賢明なご判断に従うのみでございます」


 キジダルは以前の挑戦的な雰囲気を出すことなく頭を下げていた。彼は物事の判断基準は厳しいが、真に良しとしたことにケチを付けるような人間ではないようだ。その点に柊吾は好感が持てた。

 柊吾たちはヴィンゴールに深く礼を述べると、領主の館を去った。


 家に戻った柊吾はデュラに席を外してもらうよう伝え、メイに向き直った。メイは柊吾の神妙な表情からなにかを悟り、怯えたような表情になる。


「ごめんメイ。君には辛い思いをさせてしまったね。これがハンターなんだ」


「今回の戦いでよく分かりました。辛いお仕事なんですね」


「でもよく耐えてくれた。これでもう、君がハンターなんてする必要はなくなったよ」


「え? それはどういう……」


 突然告げられた言葉にメイは戸惑いの声を上げる。

 柊吾はこれからのことをゆっくり話し始めた。


「今回はメイの存在を皆に認めてもらうために、やむを得ずとった手段だった。君の意志も確認せず勝手に進めてしまって本当に申し訳ない。でもそれが上手くいった今、君に戦ってもらう必要はない。君は自由を手に入れたんだ」


 柊吾は笑みを浮かべ楽しそうに声を弾ませる。

 だがメイは、浮かない顔をしていた。


「自由、ですか?」


「そうだよ。まずは家を探そう。商業区に不動産屋があるから、安い家を紹介してもらおう。次は仕事だけど大丈夫。教会の運営する孤児院の手伝いとか、商業区の雑貨屋の販売員とか、意外と色々あるから」


 柊吾がどんどん話を進め、メイの表情はどんどん曇っていく。その理由に思い当たった柊吾は笑いかけ安心させようとする。


「それまでのお金のことなら心配いらないよ。一人で稼げるようになるまで、俺が工面するから。今回のことでメイには色々と助けてもらったから遠慮はいらない」


「違うんです。私は別に自由なんて……これからもお兄様たちのお手伝いが出来ればそれでいいんです」


「いいんだメイ。君はもう戦わなくていい」


「え?」


 メイは不安そうな顔を向ける。その瞳は揺れており、まるで見捨てられた子犬のようだ。

 だが柊吾も譲れなかった。コカトリス戦でメイの優しさを垣間見たからこそ、彼女を戦わせてはならないと思っていた。


「俺らと一緒にいたって戦ってばかりだ。メイが不幸になるだけなんだぞ」


「そんなこと、やってみなければ分かりません。なにが私の幸せかは私にしか分からないんですから。だから私、戦います」


「だからって、無理をすることは――」


「――一人はもう嫌なんです」


 柊吾は言葉に詰まった。メイにかつての自分が重なったのだ。今のメイにとっての柊吾。それは、かつて柊吾がこの世界で目を覚ましたばかりの頃、ひたすら求めてきた……『手を差し伸べてくれる存在』だった。


(まさか、な)


 柊吾は大きく深呼吸し、肩の力を抜いて頬を緩ませるとメイに手を差し伸べた。


「分かった。君をもう独りぼっちにしないと誓うよ」


 メイは差し伸べられた手をまじまじと見つめ、感激したように目を潤ませる。そして勢いよく柊吾に抱きついた。


「はい! よろしくお願いします! 柊吾お兄様ぁっ!」


(やれやれ、また甘えん坊なパーティーメンバーが増えたな)


 柊吾はメイの頭を優しく撫でながら、外で待機しているデュラを思い浮かべ苦笑するのだった。

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