眠れる騎士
「――なんだこれは……」
柊吾たちは空洞の道を進み、広い小部屋に辿り着くと足を止めた。
思わずといったように呟いた討伐隊長の目の前にあったのは、他の討伐隊の『死体』。ザラザラでデコボコな地面に、五人ほどの討伐隊の死体が投げ出されていた。彼らは騎士の甲冑ではなくレザーアーマーで、なにかに胸を貫かれていたり、深く一文字に斬られている。
周囲に蠢く影はなく、この小部屋の奥に今度は広い空洞があり、そこからは禍々しく歪んだ瘴気のような……または魔力のようなオーラが溢れていた。この奥の部屋には、人が踏み込んではならない世界が広がっているような、そんな気持ちを柊吾は抱いた。
そしてその空洞の手前に一つの甲冑があった。全身フルメタルな黄金の甲冑で頭部はない。もちろん中は空洞で、奇妙なことに巨大な盾を横に突き立て、メタリックに輝く立派なランスを両手で地面に刺し、下を向きながら片膝を立てている。
まるで部屋の門番のように構えるその様は、どこか勇ましく、そして不気味だった。
「なんだこれ……とりあえず奥を確かめてからカムラに運ぶぞ」
その甲冑に見入ってしまい、動けないでいた柊吾を置いて、討伐隊がそれの横を回り込み奥の部屋へと歩いていく。
――カチッ。
入口で立ち止まっていた柊吾は我に返る。一瞬、なにかが聞こえたのだ。しかし騎士たちの歩く音でかき消され、それがなんなのか分からない。だが他の者たちは特に気にすることなく先へ進んでいく。
やがて討伐隊長が奥の部屋へと繋がる空洞に差し掛かったそのとき――
「――ごふっ」
彼の胸から槍が生えていた。その厚い胸当てはいとも容易く刺し貫かれ、ポタポタと血が垂れ出す。貫いていた『ランス』はそのまま後ろへと引かれ、討伐隊長が仰向けに倒れる。その時点で息絶えていた。
「バカなッ!」
叫んだハンターは後ろへ跳び退き、両手の双剣を構える。
柊吾には見えていた。今の早業が。
ただのモニュメントにしか見えなかった『甲冑』が急に動き出したのだ。それは、討伐隊長が空洞に差し掛かると同時に立ち上がり、ランスを抜きながら振り向きざまに討伐隊長の胸を貫いた。
「コイツ、魔物だったのかっ!」
慌てて騎士たちが剣を掲げ、二メートルはあるかという首のない騎士に斬りかかる。しかし敵は冷静に目の前の騎士の胸をランスで貫き、左から迫る一人には巨大な盾を振り抜き殴り飛ばす。さらにその場で一回転すると、ランスを薙刀のように薙ぎ払った。
「ぐぁっ……」
騎士たちは振り飛ばされ岩壁に衝突し意識を失う。
ほんの一瞬で全ての討伐隊員が無力化された。
「ちっ!」
ハンターたちは第二波を狙い、一歩離れて構えていたことが不幸中の幸いだった。各々双剣、斧、太刀を構え、三方向から慎重に歩み寄る。
(首のない騎士だなんて、まるで『デュラハン』じゃないか)
柊吾も険しい表情で大剣を握りデュラハンへ駆け出す。
先にしかけたのは斧を持ったスキンヘッドのハンター。
「おらぁっ!」
両手で力一杯振り下ろすも盾で防がれる。デュラハンの左腕を封じたところで、二人のハンターが対面から同時に斬りかった。
デュラハンは正面のハンターへ蹴りを見舞って受け止めた太刀ごと吹き飛ばし、素早くランスを逆手に持ち替え、背後へ突き刺す。
「がはっ!」
正確に双剣使いの胸を貫くと、左のハンターの斧を盾で思い切り押し飛ばし、真正面から大剣を振りかぶる柊吾の一撃を盾で防いだ。
――ガキィィィィィン!
甲高い金属音が小部屋に響き渡る。
「……ちっ、やってられっか!」
斧使いのハンターが短く吐き捨てると、部屋の入口へと走り去っていく。
「悪いね。さっさと逃げてクエスト達成とさせてもらうよ」
太刀使いも武器を背に納め、一目散に逃げる。
「そんなっ……」
仕方のないことだった。彼らはハンター。生きるために戦っている者たちだ。そもそも討伐隊とは手段も目的も異なるが故に、今ここで強敵に立ち向かう義務も、一緒に倒れてやる義理もない。
柊吾が悔しさに顔を歪め、奥歯を噛みしめているとデュラハンが右腕を横に振るった。
柊吾は慌ててブーツ底のバーニアを噴射し、飛び上がって逃れる。デュラハンは既に逆手に持っていたランスを持ち替え、上空の柊吾へ狙いをつけていた。
「くぅっ!」
柊吾は左腕にアイスシールドを展開し、間一髪直撃を防ぐも、その威力に大きく突き飛ばされる。地面へ着地するのをデュラハンが待ってくれるはずもなく――
――シュッ!
地を蹴り、前傾姿勢で鋭い突きを繰り出してくる。
柊吾は右肘の噴射で横へ体をスライド。デュラハンはそのまま横へ薙ぎ払ってくるが、下方への噴射でまた上昇する。今度は、反撃のために腰下のバーニアを全力で背面噴射した。
「はあぁぁぁっ!」
大剣を振り下ろす。
再び盾で受け止められ、デュラハンは横へ跳んで大剣を流すとカウンターの突きを繰り出す。柊吾はアイスシールドで防御。勢いよく突き飛ばされるも壁際で噴射。壁を蹴り、突進してきたデュラハンの頭上を飛び越え、背後に着地する。
振り向きざまに再び、斬りかかる。
柊吾はひたすら機動力で立ち回り、デュラハンはキレのある鋭い動きで翻弄。電撃のような攻防がひたすら続いた。武器と武器を交えるたび、デュラハンのまっすぐな騎士道精神が柊吾へ伝わって来る。
(――どうすれば……)
デュラハンの甲冑の中に生身の肉体はなかった。と、すると霊体か、この甲冑そのものがデュラハンの本体。
どちらにせよ、魔力残量が残り少ない柊吾に今できるのは、デュラハンの騎士道精神に一か八か賭けるのみ――
「うおぉぉぉ!」
柊吾は真正面からデュラハンへ突進。敵の動きが一瞬固まる。まるで、彼にも明確な意思があり、柊吾の愚直な突進の意図を考えようとしているようだ。
その答えが出たのかは柊吾にも分からないが、デュラハンは今まで通り、電撃のような突きを繰り出す。柊吾は空中で上半身を後ろへ逸らすことによって、この数刻の間に何度も見た、その正確無比な突きを紙一重で避ける。そしてそのまま地面をスライディングし、デュラハンの足へ左腕を叩きつけた。
「これで、どうだっ!」
そして、アイスシールドを発生させることで、氷結魔法によってデュラハンの脚甲を凍らせる。 最後、大剣による足元の薙ぎ払いによってバランスを崩したデュラハンは、声もなく地に片膝を着いた。
「俺のっ、勝ちだ!」
柊吾が大剣の切っ先をデュラハンの首筋へ向けると、彼は潔くランスと盾をその手から離したのだった。
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