洞窟の奥には……

 柊吾はデュラハンに戦う意志がないことを確認すると、大剣を地面に突き立てドカッと座り込んだ。デュラハンものっそりと上半身を起こし、体を柊吾へ向ける。


「ふぅ……なんて強さだ……」


 柊吾は息を整えると念のためにと、エーテルを飲み魔力を回復させる。

 すぐに洞窟の入口から別動隊がやって来た。討伐隊とハンターが入り混じって十人ほど。その中に先ほど逃げたハンターがいないことを見るに、別の道から来たのだろう。


「おい、大丈夫か!?」


 隊長らしきガタイの良い短髪の騎士に声を掛けられる。柊吾は「はい」と頷くと、状況を説明した。


「俺の同行していた討伐隊は全滅し、何人かのハンターは逃げました。敵はそこにいる首のない騎士ですが、俺の方でなんとか無力化したところです。少し休んだ後で奥の部屋を確認しようと思っていました」


「そうだったのか、ご苦労。後は我々に任せて休んでいなさい」


 討伐隊長はさして興味も無さそうに告げると、騎士と魔術師、ハンターを引き連れ、奥へと歩いていく。


「まっ、待ってください!」


 柊吾が呼び止めるが、討伐隊は無視して先へ行く。その後列のハンターたちはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。彼らは手柄を横取りするつもりなのだ。

 やがて彼らが奥の空洞を進み、その姿が見えなくなってから柊吾は体にムチ打って立ち上がる。魔力は回復したが、体力の方はポーションを飲んだところで疲労感が変わらない。それでも柊吾は、自分も奥になにがあるのか確かめようと、先を目指す。


「……なんのつもりだ?」


 柊吾が歩き出してすぐに、ランスの切っ先が横から伸び目の前へ突き出されていた。デュラハンが膝立ちでランスを伸ばしていたのだ。それはまるで、この先へ進むことを拒んでおり、


「まだやるつもりか」


 柊吾は眉をしかめ呟くと、地面からグレートバスターを抜き、大きく跳び退く。

 対してデュラハンは再びランスを床に置いた。特に戦う意志は感じられない。

 柊吾が困惑していると、奥の部屋から悲鳴が響いた。

 すぐにドタバタと討伐隊やハンターたちが必死な形相で空洞から走って来る。


「な、なにがあったんですか!?」


「とんでもねぇバケモノがいやがったんだ! 討伐隊が既に二人やられた」


「ああ、あんなの、クラスAだぜ……」


「そ、そんな……」


 逃げて出してきた八人は柊吾の後方、部屋の入口付近で足を止めると、様子見のためか奥の部屋を凝視した。さらに幸か不幸か、デュラハンの攻撃で気絶していた騎士たちも起き上がる。

 場が異様な緊張感と静寂に包まれる中、奥から巨大な魔物が姿を現した。


「お、追ってきやがった!」


 ドスンドスンと地に響く足音を踏み鳴らし現れたのは、全身灰色の毛皮で覆われた三つ首の狂犬。後ろ足には鋼鉄の鎖が巻かれ、前足には強靭な爪がある。全長五メートルはあり、鋭いトゲ付きの深紅の首輪がそれぞれにかけられた三位一体の犬は、獰猛で荒々しい牙を光らせながら柊吾を見下ろしている。

 まさしく高名なモンスターであり、ゲームでよく登場する冥府の番犬『ケルベロス』だ。となると、後ろ足に繋がれた鎖が奥の部屋に伸びているということは――


(ま、まさかっ! この洞窟、冥界に繋がっているのかっ!?)


 柊吾の顔が驚愕に引きつる。

 しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。


「グオォォォォォッ!」


 左右の狂犬が頭上へと禍々しい雄叫びを上げ、中央の狂犬が口一杯に溜めた炎を吐き出す。


「ぐっ」


 あまりに広範囲へ拡散放射された炎を避けるのは難しいと判断した柊吾は、アイスシールドで真正面から受け止める。その火力は凄まじく、周囲、背後まで焼き尽くす。

 討伐隊員たちは慌てて逃げ出す。柊吾はていのいい捨て駒と言ったところか。

 だが、クラスAがそう簡単に獲物を逃すはずもなく――


「ガウゥッ!」


 中央の狂犬は炎を放射したまま、左右の首が飛ぶ。


「なっ!?」


 丁度首輪の辺りで綺麗に分断されており、その断面は黒い煙のようなもので包まれていた。

 左の頭は宙を切り、逃げ惑う討伐隊の背後へ迫り――


 ――ブオォォォォォッ!


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


 至近距離から猛毒のブレスを放った。


「オ、オールレンジ攻撃……」


 火炎ブレスに耐えながら驚愕に目を見開く柊吾。そして、その背後にも右の頭が回り込んできた。


「しまっ!」


 それは既に口一杯に冷気を溜めており、


 ――ヒュオォォォォォッ!


 容赦なく冷気のブレスを放ってきた。

 前方の火炎を防ぐのみでなす術のない柊吾は、悔しげに強く目を閉じる。

 しかし、いつになっても体が凍りつくことはなかった。

 柊吾が目を開けて背後へ首を回すと、巨大な盾がブレスを防いでいた。それを突き出し柊吾をかばうように立っていたのは、『デュラハン』だった。


「ど、どうして……」


 困惑する柊吾。もちろんデュラハンは答えない。冷気で手足を凍りつかせながらも、その場から動かない。


「グウゥッ!」


 やがてケルベロスも業を煮やしたのか、ブレスを止め前足を高く振り上げる。千載一遇のチャンスだと悟った柊吾は、肘とブーツから右へ瞬発噴射し、頭上から振り下ろされた爪をすれすれで回避。すぐさま元いた場所を見ると、三つの頭がデュラハンをとり囲んでいた。

 どうやら彼らは仲間というわけではないようだ。逃げるなら今しかない。


「……くっ!」


 柊吾はなんとなく後ろめたさを感じながらも、デュラハンへ三種のブレスが放たれたと同時に、バーニアを噴射し部屋から脱出した。

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