オールレンジファング
柊吾は来た道を戻り、転石へ辿り着くとカムラへ帰還した。
紹介所で入手した鉱石の一部を納品し、完了手続きを終えると南東に離れた『討伐隊の駐屯所』へ向かう。
この駐屯所が討伐隊の本拠地となっており、下の階では交代で隊員が待機して治安維持活動を行い、物資補充や新エリア開拓の際に装備を整える場所となる。また、二階では上層部の人間と運営管理の事務員が勤めており、様々な手続きや他組織との調整を行っている。場所が領主の館から離れているのは、すぐ南にある倉庫街での窃盗を防ぐためだ。
柊吾は建物に入ると隊員に案内され二階へ上がる。上がってすぐに女性隊員がおり、柊吾へ一枚の地図を渡した。
「――それでは、この地図に詳細な情報を記載ください」
その地図には洞窟内の大まかな道が示され、入口から分岐した道のうち三ルートが既に書き込まれており、端には洞窟最奥の『三つ首の魔獣』といった情報も書き込まれていた。恐らく、ケルベロスとの戦いで逃げ延びた隊員かハンターが渡した情報だろう。
柊吾は、主に鉱石の採取ポイントについて詳しく書いておいた。
「ご協力ありがとうございました。報酬についてはまた後程お知らせ致します」
柊吾は女性隊員に一言「お疲れ様です」と言って駐屯所を後にする。
洞窟の噂は広場の掲示板を中心に、瞬く間に広まった。自爆するカボチャ、首のない騎士、三つ首の魔獣など。また、ハンターたちが持ち帰った鉱石や素材の解析も進み、非常に有用なものが多く発見されたようだ。そしてすぐに規制がかかったが、ケルベロスがいた最奥の部屋には、半透明の黒い霧に包まれた巨大な扉があったという。その先は洞窟以外の場所に繋がっているのではないかという憶測が飛び交ったが、柊吾の前世の知識が正しければ、繋がっているのは『冥界』だ。しかしそんなことを誰かに言うわけにもいかず、その噂自体が口にすることを禁止された。
これを機に討伐隊は発表した。
――孤島の洞窟をクラスC以上のハンターの活動可能領域として開放。討伐隊からの協力依頼は終了とする。ただし、最奥の部屋には決して近づかないこと――と。
「――それは災難だったね~」
シモンが他人事のようにケラケラと笑う。
柊吾は両手一杯にアイテム袋を持ってシモンの元へ訪れていた。
「いいから鉱石類を見てくれよ」
「分かった分かった」
ぶすっと言い放つ柊吾に、シモンはやれやれと笑い、洞窟で採取してきた鉱石の解析を始める。とは言っても、表面上を凝視してどの程度の強度かを確かめるだけだが。
「――うん、良質なものが揃っているよ。ミスリル鉱石もあるし、これなら炎の杖と風の杖も揃えれば、初期の性能と同等の腕が作れるよ」
柊吾は頷き、アイテム袋から炎の杖と氷の杖を取り出す。
「さすがに用意周到だな。それじゃ、早速作業の準備に取り掛かるから、左腕を外してくれ」
「いや、ちょっと待ってくれ。これを頼みたい」
柊吾はストップをかけると、腰から一枚の設計図を出しシモンへ渡した。
「これは……腕の設計図かい?」
「そうだ。ケルベロスの攻撃を見て閃いた」
~~オールレンジファング~~
隼の腕部装甲。カラーリングをやや暗めのメタリックにしているが、基本の性能は初期と変わらない。アイスシールドの展開、肘付バーニア、圧倒的な膂力。今回はそれらに加え、この腕の芯に幾重にも巻いたアラクネの糸を使う。そして肘から下を着脱可能にし、肘バーニアによって腕だけを遠距離まで伸ばすことを可能とした。ケルベロスの首着脱によるオールレンジ攻撃から着想した、いわば『有線式誘導アーム』だ。
「はぁ~また面白いの考えたねぇ……けど、中々難易度が高いよこれ」
シモンは感嘆の声を上げたものの、その製造の難しさに頭を悩ませる。特に難しいのは、飛んだ腕を引き戻すための糸の巻き取り機構のようだ。イメージとしては、棒状のものに糸を巻き付け、腕が飛ぶときは棒が回転しながら糸を伸ばし、腕を引き戻すときは風魔法で取っ手を回転させて糸を巻き取る。
柊吾もこの町の技術では難しいなど重々承知だった。だから、深く頭を下げ必死に頼み込む。
「そこをなんとか頼む。金だって多く積む。だから――」
「分かったよ。大丈夫、なんとかするさ。柊吾は大事な大事なお得意さんだからね」
シモンが歯を見せて笑う。柊吾はほっとしたように頬を緩ませた。
「ありがとう。助かるよ」
「ただ、悪いけど造れるのは片腕だけだ。それに、内部機構の製造や腕の加工に時間がかかるから、一週間ぐらい片腕だけの生活になるけど我慢してくれ。最短で一週間だから、遅れても文句は言わないでくれよ?」
「分かった。よろしく頼むよ」
柊吾は左腕を差し出し、シモンが工具で肩と腕の連結部を器用に外す。柊吾は外した左腕をシモンへ預けると、隻腕のまま家へ帰って行った。
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