砂丘に霧撒く凶蛇竜

 しばらく低空飛行を続けた柊吾は適当なところで着地する。ここまで移動すれば、オアシスか廃墟ぐらいはあると踏んでいたが、そんなものどこにもなく、どこまでも砂漠が広がっているだけだった。

 柊吾はよく耳を澄まし、魔物が近くにいないことを確認すると、大剣を地面に刺しアイテムポーチを漁った。まず素材収納ゴム袋を取り出し、アリジゴクの顎を入れる。次にエーテルを飲んで魔力を回復した。


(どっと疲れたな)


 柊吾はふぅと深いため息をつき、魔方位石を取り出して転石の方向を確認する。石の光の強弱は明確で、転石の方向はだいたい分かった。

 大剣を抜き、再び飛び上がろうとした、そのとき――


 ――ゴオオオォォォォォォォォォォ!!


 地面が大きく揺れた。

 柊吾は体勢を崩し、その場に膝をつく。揺れは中々収まらず、なにが起こっているか見当もつかない。せめて、黒霧が止んでさえくれれば状況が見渡せると言うのに……


(……そうだっ、あれを使えば!)


 柊吾はアイテムポーチを急いで漁り、フラッシュボムを取り出した。

 掌に収まるほどのサイズで、上のボタンを押すと三秒後に強烈な光を発する。イービルアイのレーザーを収束でなく、発散させるという発想から柊吾が設計したもので、今ではハンターの間で大人気のアイテムとなっている。

 これを使えば、一時的にでも視界が開けるのではないかと閃いたのだ。

 柊吾は早速ボタンを押し、前方の上空へ向かって放り投げた。


 ――パアァァァァァン!


 破裂音のような乾いた音が鳴った直後、視界は光に包まれる。

 柊吾は数秒経ってからゆっくりと目を開けた。

 彼の思惑通り視界が晴れ、目の前の光景が良く見えるようになった。そしてすぐに、見なければ良かったと後悔することになる。


「なんなんだよ、こいつは……」


 目の前……いや、砂漠を埋め尽くしているのは、一体の蛇だった。もはや竜とも言える。

 この広大な砂漠を『泳いでいる』蛇竜がいたのだ。その巨大さを言葉で表すことは難しく、潜っては遠く離れた場所に姿を現し、また潜っては……というように、たった一体の体で砂漠中に無数のアーチを作っている。その漆黒の鱗は鈍い光沢を放ち、途轍もない強度を誇っていることはド素人にも分かる。そして、その体から発されているのが黒い霧だ。つまり、この蛇竜こそが砂漠を闇に包んでいる謎の正体だった。

 柊吾は目を見開いて後ずさり、すぐさま魔方位石で転石の方向を確認すると、全速力で戦場を離脱した――

 

 無事にカムラへ戻った柊吾は、紹介所でいつも通りクエスト完了の手続きを済ませるとシモンの元へ向かった。


「――こりゃまた凄い恰好だな。それにその顔、幽霊でも見たのかい? まあ座りなよ」


 柊吾が入るなりシモンが陽気にケラケラと笑う。

 いつも通りマイペースなシモンのおかげで、柊吾はようやく冷静さを取り戻し自分の状況を認識した。体中砂だらけで髪はボサボサ。顔が酷く強張っているのが分かる。口の中が砂でジャリジャリしているが、今は構わず砂漠でのことをシモンへ話す。


「アリジゴクは討伐できなかったが、素材として顎は持ち帰った。後でバラム商会から渡されるだろうから確認してくれ」


「そうか、きっちりこなしてくるとはさすがだねぇ。で、なにか有益な情報は得られたのか?」


「ああ、あの砂漠、ほんとうに周りが真っ暗だったよ。おかげさまで、自分が魔物たちへ接近しているのも気付けずに、酷い目にあった」


 柊吾がやれやれとため息をつき、アリジゴクに噛まれた両足の膝辺りに目線を落とす。

 シモンは柊吾の視線を追って隼の足の膝回りをじっくりと目視点検していく。しばらく独り言を呟きながら入念に見ていたが、いつになく真剣な表情になった。


「なるほどね、確かにこの両方のヒビを見れば敵の強さが分かる。今度、きっちり修理しよう。このヒビを放っておいたら、いつか割壊れて歩けなくなるぞ」


「わ、分かった。是非とも頼むよ」


「まぁかなり大変だったようだけど、無事でなによりだ。でも、さっきの辛気臭い表情は、これが原因じゃないんだろ?」


「……ああ」


 さすがに勘が鋭い。シモンの妖しく光る瞳に先を促され、砂漠の汚染源について話す。


「魔物の群れから間一髪で逃げ切った俺は、どこかも分からない場所で休憩していた。そのとき、フラッシュボムを使えば一時的に周囲が見渡せるんじゃないかってなんとなく思ったんだ。で、実際にそれをやったら確かに見えた、砂漠の全貌がね」


「砂漠の全貌? ずいぶんともったいぶるじゃないか」


「……一体の蛇、いや、竜がいたんだ。そいつは地上と地中を縫い、砂漠中に体を張り巡らせていた。その体から熱気のように湧き出ていたのが、砂漠を覆っている黒い霧だったんだよ」


 シモンは腕を組んで真剣な表情で聞き入っていた。柊吾が語り終えると、「なるほどね」と呟き、奥にある棚から一冊の分厚い本を取り出した。


「それは?」


「持ち主不明の手記だよ。数年前、港に漂着していたのを僕が拾ったんだ。書いてある内容が突拍子もないことばかりだったから、誰にも教えずにお蔵入りしていたんだけど……おっ、あった!」


 シモンが興奮したようにそのページを柊吾へ見せる。そこには、とある蛇竜のことが書かれていた。


「砂丘に霧撒く凶蛇竜『アンフィスバエナ』」


 柊吾が書いてあった魔物の名を呟いた。それが砂漠の支配者であり、それを倒さないと砂漠の霧は晴れないと書かれている。そして、いつかはその範囲を広げ、隣接する町まで飲み込むとも。


「まさか本当に存在しているなんてね。もし凶霧解明のために戦い続けるのであれば、避けては通れない道だろう」


「そう、だな……」


 シモンの言う通りだ。凶霧の謎を解明し元の世界へ帰るためには、どんな強大な敵だろうと立ち向かわなくてはいけない。諦めるなど論外。


「今はまだ無理だけど、いつかは討伐してみせるさ」


 柊吾はまとわりつく絶望を振り払うべく、前へ進むことを胸に誓うのだった。

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