明けない砂漠
翌日の午後、首尾よくシモンのクエストを紹介所で受けた柊吾は、紹介所のすぐ右横にある『第二教会』を訪れた。ここはカムラの第三勢力である『教団』の管理する施設だ。小さな三角屋根の建物で内部の作りはよくある教会と変わらず、教壇の前に会集席が四列並んでいる。そしてそのさらに右奥、石造りの細長い台があり、その上に青く輝く石があった。それこそが転石であり、神官たちがその管理を行っている。
柊吾は腰の後ろに回したアイテムポーチを漁り、アイテムの過不足を確認する。ポーション、エーテル、フラッシュボム、素材収納袋。各々の数も申し分ない。
「――受注書を見せて下さい」
柊吾は、転石の横に立っていた白装束の神官にクエスト受注書を見せる。神官がサッと内容に目を通し頷くと、柊吾は現金を渡した。それを受け取った神官は代わりに『魔方位石』を渡す。転石の方向に反応して光る魔石だ。
教団はカムラの畑や孤児院の運営、海水の浄化などをしている組織であり、このように収益を得ている。最も貧困している組織と言っても過言ではなく、柊吾も異世界に来た当初は孤児院で世話になったので頭が上がらない。
「では、準備はよろしいですね?」
「はい」
柊吾が頷くと、その周囲を青い光が包んでいく。やがて視界いっぱいに光が広がったかと思うと、転移が完了していた。
「な、なんだこれ……」
その光景は柊吾の想像を遥かに超えていた。イメージしていた砂漠などどこにもなく、辺り一帯が真黒だった。風は強く、砂塵と共に黒い霧を巻き上げている。それに肌寒く、この広大な闇に一人だという孤独感がどんどん恐怖心を増大させていく。
柊吾は深く深呼吸すると、グレートバスターを背から肩へ担ぎ直し、ゆっくりと歩き出した。周囲がまったく見渡せず、どこへ進むかの検討もつけられないまま進む。
しばらく進むと、砂嵐の荒々しい風切り音に紛れ、なにかの足音が聞こえ始めた。
「……」
柊吾は足を止め冷静に耳を澄ますと、大きな魔物の足音や甲高い鳴き声がときたま風に乗って聞こえてくる。
まるでホラーゲームでもやっているかのような恐怖に身震いした。
(そういえば、アリジゴクの素材がクエストの目標だったな……)
ここまで進んで、やっとまともな思考ができたことに苦笑する。しかしそう考えると、無数に現れるという情報だったアリジゴクは全然現れない。
「まさか、ガセ?」
柊吾の気が抜けてため息がもれた。立ち止まり上空を仰ぐが、真っ暗でなにも見えない。
気を取り直して前を見た次の瞬間――カトブレパスの頭が目の前にあった。
「っ! ぐあぁぁぁぁぁ!」
カトブレパスの重い頭を叩きつけられ、柊吾の体が吹き飛ばされる。しかし気付いてすぐに目を閉じて両腕でガード出来たのは不幸中の幸いだった。あの魔眼を直で見てしまっては、その時点で終わりだ。
柊吾は勢いよく砂の上を擦り砂塵を巻き上げて転がる。やがて静止すると激しく咳き込んだ。うつ伏せの状態から顔を上げ、周囲を見回す。周囲は四体のカトブレパスに囲まれていた。
しかしいくら視界が悪くとも、鈍足のカトブレパスの接近に気付かないはずはない。と、なると、
「くそっ! そういうことか!」
柊吾はカトブレパスに接近されたのを気付けなかったのではなく、カトブレパスに接近していたのを気付けなかったのだ。
柊吾は状況を把握すると、一緒に飛ばされた大剣を掴み立ち上がるべく膝を立てる。
「っ!」
次の瞬間、柊吾の体勢が崩れた。手や足をついていた砂が突然崩れたのだ。そしてそれは大きな渦となって巨大な円を作り、その中央へ吸い込まれていく。柊吾の体もその流れに従って次第に埋もれていく。
「そんな!? アリジゴクだと!?」
さらに、上空からイービルアイが飛来し、その目の中央に光を収束させ始める。先ほど聞こえた甲高い鳴き声の正体はこれだった。
柊吾は絶体絶命の状況に奥歯を強く噛みしめる。その体は既に腹まで埋まっており、中央のくぼみへはもうすぐだ。
「くっ! アイスシールドッ!」
柊吾は叫び左腕を頭上に掲げ、氷の障壁を作る。同時にイービルアイのレーザーが放たれた。衝撃にひたすら耐える。
さらに、柊吾がイービルアイの攻撃を受けている途中で、両足に強い衝撃が走った。両側からなにかに挟まれているようだ。その力はあまりにも強く、もし生身の足だったらいとも簡単に潰されていただろう。おそらく、アリジゴクの大顎だ。
柊吾を地中へ引きずり込もうと怪力で引っ張っている。
「ぐぅぅぅっ」
今度こそ万事休すに思われた。
しかし――
「そこだっ!」
イービルアイのレーザー放射が終わると同時に柊吾は叫んだ。全魔力をブーツの底と腰に集中させる。イービルアイの次の照射までのインターバルは十秒程度。それまでに脱出しなければならない。
風魔法と炎魔法を全力で放ち、地上へ飛び上がる。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
地中でけたたましい爆音が鳴る。徐々に柊吾の火力がアリジゴクの力を上回り、砂から体が脱していくが、アリジゴクはそれでも足から顎を離さない。
やがて、柊吾はアリジゴクごと地中から抜け出す。まるで海で大物でも釣ったかのように砂煙が舞い上がる。柊吾はその正体を確認すべく下を見た。
(いやデカっ!)
内心で叫ぶ。全身の露出したアリジゴクは想像以上に巨大だった。全長は十メートルほどで背中に硬い殻を持ち、内側からは野太い足が六本。頭自体は小さいものの、顎だけが巨大でギザギザの
さすがのアリジゴクも、空中での咬合力は地中のときより弱く、すぐに柊吾の足から口を離した。そのまま流砂の渦へと落下していく。
「逃がすかっ!」
柊吾は肘のバーニアを上へ向けて噴射すると、アリジゴクへ急降下し左手で右側の顎を掴む。そして、右の大剣を顎へと振り下ろした。
「キキキキキキキキキ!」
アリジゴクの右顎の鋏を切断した柊吾は、すぐさま横へとブーツを噴射し緊急回避。直後、レーザーがアリジゴクの頭上からまっすぐ降り注ぎ、アリジゴクは地上へ叩きつけられた。さすがにそれだけで死んだりはせず、そのまま地中へと潜っていく。
シモンの依頼通りアリジゴクの素材を手に入れた柊吾は、方角も確認せず無我夢中で飛び去った。今は魔物の群れから逃げることが先決だ。
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