再起
――それが一か月ほど前のこと。
ナーガを討伐したことで、沼地に蔓延していた瘴気は浄化マスクなしでも活動可能になるほどには薄まった。それにより、沼地に訪れるハンターは増え、沼地でしか採れない薬草や鉱石類などのカムラでの流通量が増えた。医療技術は発展し、商業はより盛んになり、カムラの生活水準が上がったのだ。また、柊吾たちがミノグランデを倒したことで蓄電石が容易に採取できるようになり、柊吾の設計した電撃剣もハンターや討伐隊に人気の武器となっている。
ハナはナーガ討伐を最後にハンターの仕事から一線を
「――少し寂しくなったか」
その日、柊吾は珍しくデュラを引き連れ商業区を歩いていた。商業区は以前よりも店と行き交う人が増え、そこら中で元気な呼び込みの声が響き渡り活況となっている。
しかし、柊吾は少しばかり寂しかった。ハナは訓練所で教え子たちの指導につきっきりで、メイも孤児院で一生懸命働いている。最近ではデュラと二人で無難なクエストに挑むことが多く、これまでの波乱万丈な日々に比べ、どこか物足りなさを感じるのだ。
「デュラはどう?」
柊吾はデュラも同じ気持ちか問うが、デュラはゆっくり首を横に振った。まるで自分には柊吾がいれば寂しくないとでも言いだしそうな雰囲気だ。これほどまで主を慕う臣下はそうそういない。
「デュラ、お前……」
柊吾はなにやら感動していた。ジーンとした表情をしている。
そして、そこに水を差すように明るい声が彼らを呼び止めた。
「お~い、柊吾~」
柊吾が振り向くと、そこにいたのはアンとリンだった。二人の恰好は以前ハンターをやっていたときと大きくは変わらず、アンは褐色の肌に肩やへその出た露出度の高いレザーアーマーに、背には巨大な斧。リンはすらりとした肢体にカーキ色で長袖の民族衣装とスカートを着こみ、上から金属の胸当てや膝当てを装備している。
「アン! リン! 二人とも復帰していたの?」
「おう。見ての通りさ」
アンは二カッと豪胆な笑みを浮かべると、石化の後遺症で動かなくなったはずの右腕を振り回した。
「良かった、治ったんだ。でも、一体どうやって?」
柊吾は首を捻る。浄化魔法でも治らなかったものをどうやって治したのか、見当もつかなかった。
すると、話に加わりたかったのか、リンが先に答える。
「沼地に生息する植物の中に、石化治療に有効な棘を持ったものが発見されたんです。カトブレパスの魔眼で石化した人が完治したって聞いて、それでもしかしてと思って」
「そうそう。リンが教えてくれてな、自力で採りに行ったんだ。おかげさまで、またハンターになれたってわけさ。ほんと、感謝してるよ」
「まったく、アンってば次に会ったときには右腕が完治したなんていうから、ビックリしたわよ」
「ははっ! いいじゃねぇか」
陽気に笑うアンは特に気にしていないようだった。しかし柊吾は後ろめたい気持ちになる。当事者である自分が、何一つアンの手助けをできていないことに。
アンは柊吾の表情に気付くと、バンバンと柊吾の肩を叩き笑い飛ばした。
「そんな顔すんなって! あんたはあんたで凄く活躍してたらしいじゃないか。柊吾はあのとき、コカトリスの猛毒で左腕を失った。それでも前に進み続けた。私たちもゆっくりではあったが、諦めずに前に進んだ。だから、私らの気持ちは一緒だった。それでいいじゃないか」
「そうですよ。柊吾さんの活躍は、私たちに再起する力をくれました」
「アン、リン……」
柊吾は二人の思いがけない言葉に瞳を揺らす。純粋で高潔な人たちだと思った。
アンは柊吾の背後で直立不動を貫いているデュラに目を向けた。
「そういやクラスBに上がったんだってな? 強そうな仲間まで引き連れやがって。私らもすぐに追いつくから、それまで決して倒れるなよ」
「またいつか、一緒に戦いましょうね」
「あ、ああ! 約束だ」
柊吾が朗らかな表情で返すと、二人は雑踏の中に去っていった。
(こういう世界だからこそ、人に優しくなれるのかもな)
そんなことをしみじみと感じながら、柊吾は雑貨類の買い出しを済ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます